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NHK問題とは何か~公共放送の未来を考える 【鼎談】中北徹×林香里×増田寛也(4) 放送分野に独立行政委員会をつくれるか

司会:WEBRONZA編集長 矢田義一

  NHKをめぐる全体の状況に、私は強い不満を抱いています。たとえば、新聞通信調査会の2013年の調査によると、NHKテレビは、新聞、民放、ネットなどのメディアを抜いて、信頼度はトップ。これは2008年から変化がありません。このほか、さまざまな調査からも、NHKは世界に類のない信頼感を維持してきたことがわかります。こうなると、ここで私たちがNHKについて問題提起しても、いったい何が問題なのか、理解も関心も得られない。NHKのあり方は長年の国民的課題なのに、注目度は低く、記憶からすぐに消されてしまいます。NHK問題に関しては、いつもこうした状況に陥り、そのたびに焦燥感を募らせています。

重大なニュースを流さないという怖さ

 中北 深刻だと思いますね。例えば今年の冬、甲信地方に大雪が降ったときです。何か事件とか自然災害が起きたら、私はNHKをつけるのですが、その時はソチのオリンピックばかりを放送していました。ご記憶かと思いますが、今年の大雪は大変激しく、孤立する世帯が多数でるなど、大災害になっていたわけですが、オリンピックの陰に隠れ、少なくともリアルタイムではほとんど報道されませんでした。

 あの地域には友人も多いのですが、結局若い人たちは、インターネットを頼りに個別に情報を探すという非常に心許ない状態だった。でも、今のお話のように、「何か起きたらまずNHK」という習慣は揺るがないようです。ただ、放送の真の意味の公共性が崩れていったら大変なことになる。恐ろしい。偏った不適切な情報を流すことは恐ろしいことですが、重大なニュースそのものを流さないというのも劣らず怖いことだと思いましたが。

 司会 NHK問題は、裏返せば民放も含めたこの国の放送文化全体の問題であるとも思いますが。

 増田 私も結構NHKを見ています。時折とても充実した内容で、大変な時間をかけてつくった番組に出会います。民放では決して作れないような内容です。しかし、一方で何か民放と同じようなことを後追いしているようなところも散見される。そういう迎合はしてほしくない。そうではなく、民放でできないところを積極的に掘り起こすという役割は大事だと思います。NHK内にもそういう気骨ある人が多数いるでしょう。組織が大きく、職員も多いのでいろいろな問題もあるでしょうが、こうした民放にはできない番組づくりへの期待にうまく応えてほしい。こうした声が若い人も含めNHKの中の現場の人に伝わっていくことが必要でしょう。

 司会 政治との関係を優先したり、番組づくりでの過剰な自己抑制をしたりするなどの問題がありながら、NHKへの支持率が高いということはどう考えればいいのでしょう。

  はっきり言って私は少々疲れ気味です。NHK、そして公共放送のあり方と問題点については、それこそ、田中角栄の時代から、私の諸先輩の先生方が再三指摘してきているのです。当時の問題も、今の問題も、政府との関係の不透明さという点では同根のように思います。NHKに問題ありと分かっている人たちはいますが、少数派なのでしょうか。

 中北 私は今回の『ビジネス展望』の件で、初めて記者の取材攻勢を受けました。新聞などで報道されたことで、国内からも多数のメールやお便りいただきました。その中には「長年聴いていたけど、残念だ」と失望した声も少なくありませんでした。そういう人たち輪はけっこう広がっているので、今後の姿勢次第ではNHKもリスナーなどの視聴者から見限られていく可能性はないわけではないのだろうと思います。

 司会 ただ、今のままのNHKでは大変だと危機感をもっている人はそう多くはないのではないでしょうか。

相対化されたテレビメディア

 増田 あのような会長ではあるけれど、現場はしっかりしているから一定の信頼はできると思っている人が多いのか、NHKはNHKだということでそもそも無条件に信頼してしまう人がいるのか、はたまた、今はNHKを見ている層というのはすでにごく限られていて、ネットなどで必要な情報は得るから、NHKのことなど関心がないのか、その辺りは実際はよく分からないですね。

 結局、NHK、民放を含め、テレビメディアというのは今後、例えば昔の浅間山荘事件のテレビの生放送を、若い人からお年寄りまでみなが食い入るように見つめるというような時代は来ないでしょうね。インターネット時代になり、相対化されたという事実はあるのでしょう。

  「年齢を重ねると、人は成熟してNHKを見るようになる」という世代要因による視聴行動の変化は、デジタル化時代を迎えて、まだ言えるのかどうか。むしろ、デジタル・ネイティヴの人たちは、何歳になってもテレビをあまり見ないかもしれない。他方で、NHKが行っている調査ですが、いまのところ、報道や解説の機能は、やはりテレビがいちばん役に立つと答える割合が圧倒的に高い(報道機能の部門で、テレビ63%、新聞18%、ネット8%。NHK放送文化研究所「日本人とテレビ2010」調査より)。

 ですから、「ネット時代でテレビのニュースは見られていないから、どうでもいい」という主張をときどき耳にしますが、少なくともいまのところは絶対に言えません。また、ネット時代とはいえ、ネット上の情報も、元をたどればマスメディアが圧倒的なわけです。加えて、数ある日本のテレビ局の中でも、入社時に社員を「記者採用」して人材を育て、組織的に報道部門に力を入れているのはNHKだけです。民放は、そこまで報道事業に力を入れていない。その意味でも国民がニュース源としてテレビと答えている事実と、テレビ界全体におけるNHK報道部門の圧倒的な強さを考慮すれば、やはりNHKの存在は重いと思います。

 司会 言論や報道の自由などというと何やら大仰に聞こえますが、こうしたものは一度失ったら容易には取り戻せません。今後を展望しながら、具体的な提言をいただけますか。

 増田 たぶん時の権力とNHKの関係というのはかなり昔から常にあるものでしょう。さきほどお話があった田中角栄さんのころ、あるいはもっと以前からずっとあったと思います。私は2008年にNHKの経営委員会の改革や経営面ではお金の流れをより透明にするなどの改革をしてきました。経営委員会には総合的な力をもっていただこうという方向です。ただ、番組の内容に決して口を挟むようなことはしないという遮断をしたつもりです。一方に時の政治権力、他方に国民の政治・社会意識がありますが、その双方から一定の距離を置いて、権力にも利用されないし、ポピュリズムにも流れないという矜持をもつことは必要です。

 そうした過程のなかで、例えば今回、中北先生が経験されているように、かつては自由な空気のなかで発言できていたのが、最近は、事前の文書によるチェックがどんどん厳しくなるような変化というのは、健全ではない。こういうことは往々にして氷山の一角で、

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