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羽生結弦らしさが戻ってきた!(上)――オリンピックと世界選手権で燃え尽きて……

青嶋ひろの フリーライター

 毎年6月に開催されている、フィギュアスケート日本代表エキシビション、ドリーム・オン・アイス。

 この舞台で大きく目を惹いた選手は、必ずと言っていいほど新しいシーズンに飛躍するため、見逃せないアイスショーである。特に今回は、アフター五輪。新しいシーズン、新しい4年間の日本のフィギュアスケートを占ううえで、うれしい発見がいくつもあったショーだった。

 なかでも日本男子のエース、羽生結弦。振付師ジェフリー・バトルのテイストが色濃く出た新プログラムの披露。4回転トウループを入れて、もうこの時期にノーミスで見せたことも素晴らしい。その4回転が、プログラムの後半に組み込まれていたことにも、驚かされた。

華麗な滑りを見せる羽生結弦選手=2014621別府市のビーコンプラザ拡大アイスショーで華麗な滑りを見せる=2014年6月21日、別府市のビーコンプラザ
 しかしそれ以上にうれしかったのは、羽生結弦のコメントや表情に、すっかり彼らしさが戻っていたことだった。

 オリンピック以後……いや、もっと前からだろうか。私たちは彼の話しぶりや報道陣への接し方に、うっすらと違和感を抱いていた。

 決して生意気を言ったり、取材対応がないがしろだったりしたわけでは、ない。

 ただ、オリンピックシーズン前半の彼は、あまりスケートのことを話したがらないように見えたのだ。肝心なことを聞かれても、上手にこちらを煙に巻いて、練習方法などの精神論ばかり語っていた。初めての、オリンピック前。そして、最高の結果を狙えそうなポジションでの戦いを前にして。

 たぶん彼は、いろいろなことに過敏になっていたのだろう。

 例年になく激しい取材攻勢にさらされて、これまでのように楽しげに自分のスケートのことを――こんな跳び方でジャンプが跳べたとか、新しいステップがどれだけ難しいかとか、それはもう、嬉々として――語る姿は、見られなくなっていた。

 手の内をさらすまい……そんな計算があったわけではないだろうが、いろいろなものを警戒はしていたのだ思う。

 以前、WEBRONZAで羽生結弦に関する連載を始めたとき、筆者はこんなことを記した。

 「彼を取材していて、とても興味深いこと。それは、メンタル面でもフィジカル面でもスーパーアスリートだけが感じること、経験することを、実にわかりやすく語ってくれることだ。たとえば世界で数人しか跳べないジャンプを手中にする時の感覚、日々の練習で限界まで滑った時の身体の変化、大一番を前にした時に感じる陶酔……。そんな、決して常人には実感できない心情や感覚を、言葉で理解させてくれる選手なのだ」(「【ルポ 羽生結弦 夢のかなたに (1)】 衝撃の『音』」

 それなのに1年ほど前から、「最近、羽生の話が単調だ」と嘆く記者が増えていったのだ。

 そしてその間、彼に代わって人気を博したのが町田樹だ。試練に立ち向かう覚悟も、自身の弱さとの葛藤も、ありのままに語る町田に多くの記者が感銘を受け、彼に声援を送った。

 勝手なようだが、スポーツの取材現場とはそんなものだ。心を開いて本音を語ってくれる選手、書きたいことが次々あふれ出るような選手を、やはり私たちも応援してしまう。

パレードでメダルを掲げる羽生結弦選手=4月26日、仙台市拡大地元・仙台でのパレードで金メダルを掲げる羽生結弦=2014年4月26日、仙台市
 オリンピックが終わったら終わったで、羽生はさらに堅い鎧で心を閉ざしてしまったように見えた。

 ほんとうは思い出したくない震災のことを語ったり、隙を見せまいと優等生的なコメントに終始したりも、多くなった。

 それが、オリンピックで初めて彼の存在に気付いた人たちには受けが良かったようで、「若いのに自分を持っている」「受け答えがしっかりしている」などと、金メダリストへの賛辞が飛ぶ。

 しかし素の彼を見てきた私たちにしてみれば、この時期の彼は、良い子の仮面をかぶっているように見えたのだ。

 人々が感心した、「しっかりした受け答え」など、彼にとっては標準装備。しっかりしているだけでなく、こちらを唸らせるような突飛かつ含蓄に富んだコメントこそが、羽生結弦の真骨頂だったはずだ。

 しかし、オリンピック前もオリンピック後も、彼はそんな彼らしい言葉を発することはない。男子フィギュアスケート初、最年少のオリンピックチャンピオンというとんでもない位置に立たされて、想像を絶する注目度のなか――彼は批判されぬよう、論われぬよう、一生懸命優等生を演じているように見えた。勝手に祭り上げられた架空の羽生結弦を演じているようにも見えた。

 私たちからすれば、そんな彼はつまらない。しかしここまで社会的な立場を得てしまったのだから、しかたがないことではある。もう、あの才気ほとばしる羽生結弦には会えないのかもしれないな、と少し寂しい気持ちで彼を見ていた。

 そして、彼を変えてしまった様々なものを憎んだ。たとえば

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筆者

青嶋ひろの

青嶋ひろの(あおしま・ひろの) フリーライター

静岡県浜松市生まれ。2002年よりフィギュアスケートを取材。日本のトップ選手へのインタビュー集『フィギュアスケート日本女子 ファンブック』『フィギュアスケート日本男子 ファンブック Cutting Edge』を毎年刊行。著書に、『最強男子。 高橋大輔・織田信成・小塚崇彦 バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』『羽生結弦物語』(ともに角川つばさ文庫)、『フィギュアスケート男子3 最強日本、若き獅子たちの台頭 宇野昌磨・山本草太・田中刑事・日野龍樹・本田太一」(カドカワ・ミニッツブック、電子書店で配信)など。最新刊は、『百獣繚乱―フィギュアスケート日本男子―ソチからピョンチャンへ』(2015年12月16日発売、KADOKAWA)。

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