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[1]ボーカル曲解禁。新しいプログラムから聞こえてきた囁き声は…

青嶋ひろの フリーライター

 トロントで羽生結弦の滑りを見るのは、これが2度目だ。

 1度目は、ちょうど2年前。名門リンク、クリケットクラブに拠点を移してまだ数日目。ブライアン・オーサー&トレイシー・ウィルソンのチームのレッスンに交じり始めたばかりで、17歳の彼はまだちょっと緊張していた。

 カナダに来て一番楽しみにしていたのは、「ブライアンやトレイシーから、スケーティングを習うこと!」だったから、ジャンプやスピンやプログラムの滑り込み以上に、毎日これでもかと行われる基礎スケーティングのレッスンに、一番真剣な目で臨んでいたことを思い出す。

練習する羽生結弦=2014年8月、カナダ・トロント拡大練習する羽生結弦=2014年8月、カナダ・トロント
 「見ていてわかったと思いますけど……僕がいちばん、スケートがへたくそ! 地元のちっちゃい選手たちよりもへたくそだし、何もできないんですよ。みんな、内心笑ってるだろうなあ。なんだよ、世界選手権の銅メダルって、ジャンプだけでとったのかよ、なんて、思ってるに違いない!」

 実際、ちょっと複雑なターンやステップの練習になると、彼はよく脚をもつらせたり、転倒したりしていた。たぶんこのリンクの小さな選手たちにとっては、できるのがあたりまえの些細な動きなのだろう。

 そんな練習にも苦戦して照れ笑いしつつ、彼は心底嬉しそうだった。なぜなら、世界選手権で3番に上り詰めても、学ぶべきことがまだまだたくさんある、そのことを知ったから。

 「頼りがいのある先生、ブライアンとトレイシー! これからここで、彼らにずっとスケートを教えてもらえると思うと……ワクワクしますね。僕、ここからどれだけうまくなれるんだろう!」

 それからちょうど、2年。

羽生結弦拡大新シーズンで、羽生流『オペラ座の怪人』をどこまで仕上げてくるか
 8月7日の報道陣向け公開練習に臨んだ彼の、2年前からの変貌ぶりに驚いてしまった。

 45分の氷上練習の、最初のウォームアップ。滑り始めたその瞬間から、あまりにも堂々と、チャンピオン然としたたたずまいで、チャンピオン然とした滑りを見せたのだ。その素晴らしい、見ている側の背筋が伸びるような「貫禄」は、彼のことを何も知らない人が見ても、ただならぬものを感じたかもしれない。

 「あの選手はまだ若いけれど、何かすごい選手なのだろうか?」などと感じさせてしまっただろう。

 あれから、2年。もう彼はオリンピックチャンピオンなのだから、当たり前といえば当たり前のことだ。リンクには、「オリンピックチャンピオン&世界チャンピオンおめでとう!」と、彼がこのリンクの選手であることを誇るポスターも張り出されている。

 しかし、楽しみながらもきょろきょろと、コーチや他の選手たちの滑りに目をやり、ひょこひょこした動きで必死に基礎練習についていった姿をこの同じ場所で見ているからこそ、驚いてしまった。

 あのころは世界3位といえど、この伝統と格式あるクラブでは、新入り。でも今は、もうリンクの主のような存在感で、悠々と美しい滑りを見せる。

 生で見るとびっくりするくらい細い体格は相変わらずだが、もう頼りなさなどは感じさせない。同じリンクで練習している選手たち――世界選手権3位のハビエル・フェルナンデス(スペイン)、世界ジュニア優勝のナム・グエン(カナダ)たちの滑りも、巧みで美しい。でもそのなかにあっても、「結弦君がいちばん綺麗だね!」などと、うれしくなってしまう滑りだ。

 そしてスケーティングで軽く足慣らしを終えると、多くの人が待ちに待ったものを、彼はいきなり見せてくれた。

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筆者

青嶋ひろの

青嶋ひろの(あおしま・ひろの) フリーライター

静岡県浜松市生まれ。2002年よりフィギュアスケートを取材。日本のトップ選手へのインタビュー集『フィギュアスケート日本女子 ファンブック』『フィギュアスケート日本男子 ファンブック Cutting Edge』を毎年刊行。著書に、『最強男子。 高橋大輔・織田信成・小塚崇彦 バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』『羽生結弦物語』(ともに角川つばさ文庫)、『フィギュアスケート男子3 最強日本、若き獅子たちの台頭 宇野昌磨・山本草太・田中刑事・日野龍樹・本田太一」(カドカワ・ミニッツブック、電子書店で配信)など。最新刊は、『百獣繚乱―フィギュアスケート日本男子―ソチからピョンチャンへ』(2015年12月16日発売、KADOKAWA)。

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