2014年09月01日
「『オペラ座』か……」
しかしリンクに鳴り響いたおなじみのメロディに、まずは唸ってしまう。
実は筆者はこの練習を見る数日前、メディアの友人にショートプログラムについて聞かれ、こんな話をしていた。
「ショパンの『バラード第一番』――彼が今まで滑ってきた映画音楽やミュージカル曲などに比べると、ずっとシンプルで表現するのが難しい曲でしょうね。振付師のジェフリー・バトルの選曲だそうだけれど、バトルを知っている人が聞けば、まっさきにバトル自身が滑っている姿を思い浮かべてしまいます。
彼くらいの超越した滑りの技術をもってして、初めてあの曲の一音一音まで表現できる。スケーティングに自信がなければ、とても太刀打ちできない曲だと思います。
でも今の羽生選手なら、大丈夫! もちろんバトルほど高い次元でこの曲を滑りこなすのは難しいだろうけれど、オリンピックチャンピオンである今となっては、それも十分、届いてほしい目標です。彼も『まずはジェフの演技に近づいて、そこから自分なりのものを見せたい』と意欲を見せている。
もう彼も、世界に名だたるチャンピオン。いつまでもわかりやすい物語を演じたり、キャッチーな映画だのミュージカルだののプログラムを選んだりしているわけには、いかないですからね!」
などと言っていた矢先、見せられたのは「オペラ座の怪人」。
正直に言えば、少し期待外れだったかもしれない。ショートに続き、フリーもチャンピオンらしい、一捻りある選曲で見せてほしかったのにな、と。
しかし出だしでいきなり、ファントムの重厚な囁き声、続いて「ミュージック・オブ・ザ・ナイト」「エンジェル・オブ・ミュージック」……と、かなり大胆にボーカルを織り込んだプログラム構成。ボーカルを使わない「マスカレード」のパートなども含めて、それぞれの場面で「ほお……」と唸りたくなるような大人っぽいムーブメントを、次々と見せていく。
初めて組んだカナダ人振付師のシェイ=リーン・ボーンはとてもパワフルな女性で、一日何時間も振り付けのレッスンを続けても、まったく疲れを見せなかったという。ご存知の通り、疲れやすい彼の方が先にへたばって、それでもシェイ・リーンからすべての動きの妙を盗み取ろうとがんばった、その振り付けだ。
テレビカメラや記者の前で初披露ということで、しっかりと集中し、ちょっと得意げに滑って見せる。これまでも見せていたツイヅルなどの技も、より一層ダイナミックに、さらにエモーショナルに。
ああ、そうだ、この人は「ロミオとジュリエット」しかり「ノートルダム・ド・パリ」しかり、物語を演じるのがとても得意な選手だったな、と思い出した。
ボーカルも、今まで何人かの選手のプログラムを見せてもらったときには、なんとなくしっくりこない、競技のプログラムらしくなさ、を感じてきたのだが、彼の「オペラ座」は「羽生結弦が試合で演じるプログラム」として、とても自然だ。
歌い手の抑揚の高まりと、彼の動きに込められた思いがうまく重なれば、伝えたい感情をより増幅させることもできる。見ている側が「ぐっとくる」部分が、ボーカルに動きが乗ることでより強くなるのだ。表現技巧よりも、思いの強さをストレートに出してしまう彼のような選手には、ボーカル曲は実によく合うのだな、と思った。
プログラム中盤、「エンジェル・オブ・ミュージック」のあたりから始まる、怒涛のジャンプラッシュも見逃せない。
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