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筑後市連続殺人事件の陥穽

小野一光 ノンフィクションライター

 福岡県筑後市のリサイクルショップを経営する夫婦(中尾伸也、知佐被告)が、元従業員や知佐被告の義弟を殺害したとされる事件で、福岡地検は8月27日に、義弟である冷水一也さんに対する殺人容疑で逮捕されていた2人を処分保留とした。また同じく一也さんへの傷害致死容疑で逮捕されていた一也さんの妻(知佐被告の妹)も処分保留とし、同日に釈放された。

 福岡地検は「なお捜査すべき事項があるため」と、処分保留の理由についてコメントを出した。その発言の裏には、この事件で殺人罪や傷害致死罪を成立させることがいかに難しいかということが窺える。同時に、捜査員があらゆる手段を駆使して犯行を立証しようとしているということも……。

 現在、この事件の捜査において捜査本部がよりどころにしているのは、7月に元従業員への殺人罪で起訴された中尾夫婦と、生存が確認されている元従業員の供述である。

 これまで川底などから複数の人骨が発見されたが、そのすべてにおいて死亡時期は8年から10年前のあいだとされ、殺害を立証するための物証は乏しい。周囲の供述による状況証拠をかため、被告らによる自供を引き出すという手段が取られていることは想像に難くない。

 だがここでの”自供”とは、あくまでも被告が自らの犯行と真摯に向き合い、自責の念を抱いてこそ出てくるものである。この事件に限らず、たいていの場合は一見自供したかのように見える供述のなかに、自らを守るための嘘がまぶされている。

 私がいまここで述べていることは日々犯罪と向き合っている捜査員にとっては、なにをいまさらという”釈迦に説法”であることは自覚している。だがそれでもあえて触れるのは、やはり自らに都合のいい”作り話”に引き寄せられてしまう陥穽を恐れてのことだ。

 私はこれまで被告夫婦のまわりを取材してきたが、それこそ「知佐被告の父親は某組織の大物組長」であるといった話や、「伸也被告は福岡市で肩で風を切って歩く生活を送り、それに疲れて地元に戻ってきた」というような、調べればメッキの剥がれる虚言であふれていた。

 さらに、捜査本部が供述をあてにしている元従業員の一人は、別の元従業員らの”見張り役”を

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