2014年11月07日
ラッシュアワーの満員電車に体をくねらせ押し入れていくのにもだいぶ慣れてきました。アナウンサーのころには幸運にもそんな経験はほとんどなかったのです。いつものように髪を振り乱し、日々の積み重ねで計算された完璧なタイミングで電車に飛び乗ったある日、いつものように鞄を胸の前で抱え痴漢を警戒する私を、頭上から虚ろな瞳で見つめる馴染みの顔が・・・・・・。丁寧にセットされたヘアに、洗練されたメイク、真っ白なTシャツ。それは、アナウンサー同期入社の滝川クリステルさんでした。なんてことはない、世界に医療スタッフを派遣する国際NGOの中吊り広告です。活躍しているなーと、満員電車の汗の匂いに吐き気をこらえる自分の状況とのギャップに、思わず笑いがこみ上げてきました。決して卑屈になっているのではありません。汚れのないバーチャルな世界と、とってもリアルな実生活。まさにこの「住む世界の違い」を打破することこそ、いまの私が挑戦していることなのです。
アナウンサーから記者になって1年半がたちました。去年の4月に報道局外信部に異動し、ニューヨーク支局で特派員として勤務、帰国後は報道局政治部で外務省を担当しています。アナウンサーと記者、会社は同じでも、その仕事の姿勢にはかなりの違いがあります。アナウンサーの頃、特に気をつけたのは視聴者に嫌われないことでした。テレビに出ていて「この人嫌い」と思われたら、そのバッシングは自分に直接跳ね返り、しかも、自分が理由でチャンネルを変えられることは番組に影響するため、結果アナウンサーは視聴者の反応に過剰に配慮するようになります。
すると、テレビはいろんな考えの人がみているわけですから、結果そつないコメントしかできなくなっていきます。スタジオで四方から照明をあてられ、自分の影を失い放送している姿は、滅私を強いられるアナウンサーの状況を奇しくも象徴しているようです。それはとても不自然な状況ですが、テレビではそれが自然と映り、むしろそこにリアルなものが入り込むと、テレビでは不自然に映るものです。テレビ的なリアルとは、実はとてもバーチャルな世界だといえます。
ところが、記者はむしろ逆、多くの活動が表に出ない影の世界で、リアルな生活の一番飾りのないところを目指します。「俺たちは、はっきり言って、ゴミ同然
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