2014年11月17日
その瞬間、とにかくふたりとも、ものすごいスピードだった。
目はしっかり羽生結弦を追っていたはずなのに、記者席からそう遠くない位置での出来事だったはずなのに、一瞬何が起こったかわからなかったくらいだ。
衝突、あるいはニアミスの前には、「あぶない!」という声が見ていれば必ず出てしまう。それが今回は出る間もなく、気がついたらふたりがぶつかり、倒れていた。
客席からもその瞬間には無数の金切り声が上がったが、衝撃のあまりの凄まじさに、その後しばらく誰も声を発さず、水を打ったように静かになった。
よく引き合いに出されている2008年全日本選手権での安藤美姫と村主章枝の衝突、10年グランプリファイナルでの高橋大輔と小塚崇彦の衝突も、ここまでのスピードと当たりの激しさはなかった。
無理もない。羽生はカナダのトロントでこの2年半、徹底的にスケーティングを学び、滑りの美しさをひとつの武器にしつつある。ハン・ヤン(閻涵=イエン・ハン、中国)もまた、ジャンプの高さや大きさとともに、滑りの美しさにいつも驚かされる選手だ。
「ジャンプは中国男子のセールスポイント。中国ではジャンプを跳べるのは当たり前です。だから僕は、スピンやスケーティングの練習を、ほかの選手の倍くらいしてきた」と言うだけあり、中国のフィギュアスケート史上最も美しいスケーティング技術の持ち主、と言っていいだろう。
滑りが美しい=スピードが速い。かつ、ふたりともまだ10代後半、体力も十分。そしておそらくふたりとも、ショートプログラムで失敗し、フリーに向けて余裕がなかった。
そのふたりが間違いなくトップスピード同士でぶつかってしまったのだ。アメリカのテレビ解説に登場した羽生のコーチ、トレイシー・ウィルソンは「時速80キロ同士」と表現したというが、そのくらいの猛スピードだ。
横たわり、しばらく起き上がらないふたり。状況に驚きつつも、レフェリーの指示がないため、6分練習を続ける他の4人の選手たち。
救護隊が氷上に現れるまでの時間が、長く長く感じた。帰国後に放送を見たとき、その時間があまりにも短くて驚いたのだが、とにかく永遠にふたりが動かないような気がしたのだ。
先にハン・ヤンが、次に羽生結弦が。ふたりがよろよろと動き出すまで、感じていたのは「彼らは死んでしまったのではないか」という恐怖だ。
2階席にあった記者席からは、実は流血はほとんど視認できなかった。氷上が血だらけだったのは、その後の清掃に時間がかかっていたことでやっと気づいたこと。
さらにふたりがくずおれたリンクサイドも血まみれだったことは、他の4選手のコメントで知ったことだ。しかし血など見えなくとも、あの衝撃だけでもう十分、ふたりとも競技続行不可能だと感じた。
やがて救護隊に手を貸され、支えられながらも両選手は自分の脚でリンクの外に出る。練習も中断され、4人の選手たちもリンクサイドにいったん引き揚げた。6分練習の時間に選手たちが衝突するシーンは何度か見たが、練習が完全に中断されるのは初めてではないだろうか。
ちょうど2年前の中国杯、まったく同じこの上海のリンク、同じ男子シングルで、中国のナン・ソンとアメリカのアダム・リッポンがぶつかったときも、負傷したナン・ソンだけがリンクを出て、残りの5人は練習を続けたのだ。
羽生結弦の方はバックステージに入ってしまって様子がわからないが、ハン・ヤンはリンクサイドにそのまま倒れ込んだため、治療の様子が垣間見える。横たわったままピクリとも動かない彼を見て、ほんとうにこのまま死んでしまうのではないかと思った。
そして、その時だ。はっきりと、日本語で、ハン・ヤンを
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