「休んでしまうことが怖い」
2014年12月06日
「見てて」
そう言い残して、羽生結弦は中国杯のフリーを滑り出した。
「見てて。しっかり、見てて」
ハン・ヤン選手と衝突した瞬間。その一瞬、彼は記憶がないという。
氷の上に倒れてから約1分30秒の後、覚醒したのはお腹に猛烈な痛みを感じたためだった。その直後の記憶がなくて良かった、と彼は後々振り返る。全部覚えていたら、怖くてもう滑れないのではないか、と。
とにかく最初に痛かったのは、お腹だった。
腹部挫傷――後の検査では胸の筋肉に大きな穴が開いたようになっていることがわかるのだが、衝突当時はとにかくその部分の痛みしか感じられなかった。胸が苦しくて息ができず、それで足元もふらふらしていたという。
大量に出血した顎の裂傷も、べたべたするので拭ってみたら手が血だらけになって驚いた、というほど、お腹以外の痛みは感じない。足の痛み――左大腿部挫傷――も、再び氷に乗り、6分練習を滑り出して、初めて異様な痛みがあることに気が付いたくらいだ。
羽生結弦はこちらが思った以上に、冷静に対処したようだ。
まず、脳震盪の症状がないことを、彼自身がしっかりとドクターに確認したという。
「脳震盪じゃないから、だいじょうぶ」
何よりもそのこと、頭を打つことの危険性を彼自身が認識し、その心配がないことを知っての滑走だったこと――NHK杯にて、関係者への取材を通してわかったことを、まずは報告しておきたい。
こちらが心配したほど、彼は「がむしゃらなだけ」ではなかった。大きなアクシデントに遭遇しても、オリンピックチャンピオンは思った以上に、クールでクレバーだった。
そのことに舌を巻きつつ、前稿で必要以上に心配し過ぎたことを、まずは彼に謝らなければならない。
しかし、彼自身にとって本当に過酷だったのは、帰国後。中国杯からNHK杯までの2週間だった。
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