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[2]「幸せ」の心から生まれた羽生結弦のSP

静寂の極地のようなパフォーマンス

青嶋ひろの フリーライター

 さて、ショートプログラム。

 今大会の主役のひとり、羽生結弦はどうだったか。

 始まりは、腰痛によるフィンランディア杯の欠場。そして、あの中国杯、あのNHK杯――。

 今シーズンはまだ折り返し地点なのに、この人にはほんとうにいろいろなことがあった。

 だから最もハードな全日本選手権でも、最も重要な世界選手権でもないこの場で、この人には私たちを安心させてほしい、と思った。最難度の技術、最高のパフォーマンスなど、まだ見せなくていい。あのNHK杯から、まだ2週間だ。優勝なんて、まだ狙わなくていい。

羽生結弦が公式練習GPシリーズの公式練習で
 とにかく「ああ、よかった。結弦君はちゃんと滑れるね」「大丈夫、きっとここから、また彼らしい演技を見せてくれるよ」と、思わせてほしかった。

 あの惨事とその後の苦闘を見てきた者としては、とにかくまずは「安心させてほしい」いや、「安心したい」、そう心から思っていた。

 「そうですね、NHK杯からファイナルに向けて、ちょうど1週間。今回は練習で、かなり自分を追い込んできました。そこはこれまでの試合と、まったく違うところ。だから身体が『動いてきてる』って、感じはしています」(試合前日のコメント)

 しかして、ショートプログラム――身体がよく「動いている」いい演技だった。

 ほんとうに波に乗るように、空気に同化するように、羽生結弦はこのプログラムに入りこんでいく。

 ショパンの「バラード第一番」。これを滑る時の彼の不思議な雰囲気、作り出す静寂の世界は、日本の伝統芸能、なかでも能が醸し出すものに近くはないだろうか。

 ショパンのピアノ曲は確かにここで鳴っているのに、まるきりの無音の世界で彼は舞っている、そんな錯覚をするような。 

 だからこの日の、バルセロナのお客さんたちの異様な盛り上がり――外国人がこんなにたくさん日の丸を掲げている会場は初めてだ――は、少し彼を取り巻くものとしては、異質なもののように思えた。

 もっと言えば、きれいに入った4回転トウループも、彼にしては少し力んでしまったトリプルアクセルも、そこだけなんだかスポーツみたいで変……などと思ってしまうのだ。

 そしてやっぱり、最後のトリプルルッツ‐トリプルトウの転倒で、せっかくの彼の世界が少し崩れてしまったように見える。そのときの彼の苦笑い、やっちゃった……というあの表情もまた、このプログラムの世界にとっては、ちょっとじゃまっけな闖入者だ。

 だから、こんな意見が正しいのかどうかわからないけれど、いつかこのプログラムは、

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