メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

推薦入試組ではなく一般入試の学生を求める企業

就職できる学生を求める大学、従来型学力を優先する企業とずれる中教審の入試改革案

杉浦由美子 ノンフィクションライター

 センター試験廃止を含む大学入試改革案の答申(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/__icsFiles/afieldfile/2015/01/14/1354191.pdf)を、昨年末に中央教育審議会は公表した。

 答申が描くイメージはこうである。

 各大学は国が新しく導入する2種類の共通テストを利用しながら、プラスして個別試験を行い、学生を選抜していく。個別入試では従来のマークシート方式の試験ではなく、小論文やプレゼンテーション、集団討論、面接等の試験を行うことが推奨される。

 以下のようにも書かれていた。

 「わが国が成熟社会を迎え、知識量のみを問う『従来型の学力』(中略)はますます通用性に乏しくなる(P.3)」

 「画一的な一斉試験で正答に関する知識の再生を一点刻みに問い、その結果の点数のみに依拠した選抜を行うことが公平であるとする、『公平性』の観念という桎梏は断ち切らなければならない(P.8)」

 つまり、画一的で客観的な試験から、試験官がひとりひとりの受験生をみて選ぶ主観的な入試へ、という意向がみられる。文面にもきっぱりと「『人が人を選ぶ』個別選抜(P.11)」という言葉がでてくる。

 また、「アドミッションポリシー」という言葉がなんども出てくる。これをデジタル大辞泉で調べてみるとこう出てくる。

 「大学の入学者の受け入れ方針。自校の特色や教育理念などに基づき、どのような学生像を求めるかをまとめたもの」

 答申では、アドミッションポリシーに基づいて、大学が求める学生を選抜せよという。

 では、大学はどんな学生に入学してほしいと願っているのか。

 本音を言えば、どこの大学もほしい学生は共通していて、「ちゃんと就職をして、社会で活躍してくれる学生」である。

 1980年代に学習院大学の中で文学部哲学科は就職しない学生がずば抜けて多かったが、まったく問題視されず、それどころか「就職なんてしなくていい」という高等遊民的なかっこよさがあった。当時は、他にもそのようなスタンスのところがいくつも存在した。

センター試験の会場に向かう受験生=2015年1月17日、新潟市の新潟大拡大センター試験の会場に向かう受験生=2015年1月17日、新潟市の新潟大
 ところが経済成長が止まり、少子化の時代となると、大学は就職の実績をあげないと生き残れなくなってきた。

 10年前までは「うちは純粋に学問をやるところ。実学の大学じゃないから」と公言していたような名門大学も、最近は「就職率の良さ」を受験生にアピールしだす。

 また、ある難関国立大学で、就職が不振な学科の廃止が決まった。その学科の卒業生はSNSで「社会不適合者を大量に輩出している素敵なところだったのに」と自虐まじりに書いている。

 つまり、どんな名門大学だろうと、就職に対して意識的にならざるをえないのだ。就職実績がぱっとしないと、受験生から敬遠され、結果的に経営が危うくなる。

 では、どんな学生が就職市場で強いのか。

 昨今、大手企業の新卒採用では、大学での足きりが復活している。一部の難関大学の学生しか相手にしないのだ。学生が就活サイトにログインして、募集などの情報をみるときに、早稲田と慶応の学生にしか情報が表示されないということが増えてきた。

 いうまでもなく、優秀な学生はいろんな大学に存在する。大手企業もそれは分かっているから、門戸を広げてきたが、 ・・・ログインして読む
(残り:約918文字/本文:約2306文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

杉浦由美子

杉浦由美子(すぎうら・ゆみこ) ノンフィクションライター

1970年生まれ。日本大学農獣医学部(現・生物資源科学部)卒業後、会社員や派遣社員などを経て、メタローグ社主催の「書評道場」に投稿していた文章が編集者の目にとまり、2005年から執筆活動を開始。『AERA』『婦人公論』『VOICE』『文藝春秋』などの総合誌でルポルタージュ記事を書き、『腐女子化する世界』『女子校力』『ママの世界はいつも戦争』など単著は現在12冊。

杉浦由美子の記事

もっと見る