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アジア杯8強が示す日本サッカーの正確な立ち位置

W杯ロシア大会へは、チャンピオンではなくチャレンジャーからのスタート

増島みどり スポーツライター

UEA戦の後半、シュートを放つ長谷部=2015年1月23日拡大UEA戦の後半、シュートを放つ長谷部=2015年1月23日
 サッカー日本代表が、オーストラリアで行われていたアジアカップで敗れて帰国した1月下旬、成田空港の到着ロビーと出発ロビーで日本サッカーを取り巻く環境を象徴するようなシーンが交差していた。到着ロビーでは、5大会連続のアジア4強を逃しながらも、多くの代表ファンが出迎えに足を運び、選手に変わらぬ声援を送る。日本代表は負けたからといって無視などされない。厳しい表情で帰国した選手たちにとって、その声援は大きなモチベーションだ。代表とファンが長くかかって築いた関係の一面である。ハビエル・アギーレ監督は普段以上に胸を張り、「PK戦は運もある。代表の戦いには満足しているし、継続する」と、正面を見据えた。

 一方、到着ロビーから2つ階を上がった出発カウンターでは、準決勝からの視察を予定していた日本協会・小倉純二名誉会長、Jリーグチェアマンで協会副会長の村井満氏2人が極めて厳しい表情で「8強止まり」についてメディアの質問に答えていた。アジアカップは、1992年日本開催で初優勝を果たして以来(オフト監督)、いつでも日本サッカーと世界との「立ち位置」や距離を正確にはかるスケールでもあったから。

 97年、広大なアジア大陸で初めて行われた「ホーム&アウェー」によるワールドカップ(98年フランス大会)アジア最終予選で悲願の初出場を果たして以降、2000年レバノン大会はトルシエ監督指揮下で優勝し、04年はジーコ監督に率いられて連覇を達成。前回11年も、就任間もないザッケローニ監督で優勝を果たし、優勝できなかったオシム監督でも4強には入っている。

 「日本以外の国々が、日本を研究し着々と実力をつけている印象です。ワールドカップの出場はいつでも簡単ではないが、ロシアに向けても一層難しくなると考えて臨まなければならないでしょう」

 FIFA(国際サッカー連盟)理事として、アジア枠の拡大に努めてきた小倉氏はそう話す。昨年のブラジル大会では

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筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

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