メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

世界3位となった小平奈緒の決断と瑞々しい感性

オランダに単身留学、スピードスケート・世界距離別選手権女子500メートルで表彰台

増島みどり スポーツライター

スピードスケート・世界距離別選手権女子500メートルの1回目を滑走する小平奈緒=2015年2月14日、オランダ・ヘーレンフェイン

拡大スピードスケート・世界距離別選手権女子500メートルの1回目を滑走する小平奈緒=2015年2月14日、オランダ・ヘーレンフェイン
 バレンタインデーは、自分の道を切り開こうと懸命に努力する女性にも、甘いご褒美をプレゼントしてくれたようだ。

 2月14日、オランダ・ヘーレンフェインで行われたスピードスケートの世界距離別選手権女子500メートルで、日本のエース・小平奈緒(28=長野・相沢病院)が2本の合計タイムで3位となり、自身初の表彰台に立った。女子で3位に入ったのは、2007年の大菅小百合以来実に8年ぶりの快挙である。昨年のソチ五輪では5位だった同種目で、「結果にこだわらず、学んだことを出し切りたいと思っていた」と、レース後充実感あふれる笑顔で話したという。今シーズンは、W杯参戦9年目にして初の優勝を成し遂げるなど、ポスト五輪シーズンにして早くも18年の平昌(ピョンチャン)への期待を抱かせる。大躍進の背景には、28歳の女性が下した決断と瑞々しい感性がある。

 日本の冬季五輪をメダル数でも、強化策でもけん引し続けてきたスピードスケートは、ソチでメダルなしの惨敗を喫した。海外からコーチを招へいし強化プランが見直されるなか、小平は反対に、以前から希望していた海外、それも、ソチで史上最多のメダルを獲得したスケート王国・オランダへの単身留学を決断。2014年4月、長くスポーツ障害の予防医療センターの職員として支援を受けてきた相沢病院に所属したまま拠点を移し、世界的なトップスケーターたちが集結する「Team Continu」でトレーニングを続けている。2014年11月、帯広で行われたW杯初戦で話を聞いた。

 日本のトップスケーターとして仕方がないのだと理解はしていたが、報道陣の前に立つといつも神経質な、こわばった表情に変わってしまうように見えた。しかし開幕戦の日、もちろん五輪翌年のリラックスした雰囲気のせいでもあるが、どんな話にもオープンに、楽しそうに答える様子に「変化」を感じた。

 「言葉、環境、スケートと、慣れるのに

・・・ログインして読む
(残り:約856文字/本文:約1660文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

増島みどりの記事

もっと見る