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14歳、樋口新葉 「世界女王」への道(上)

シーズン最高の試合にピークを合わせる凄さ

青嶋ひろの フリーライター

 凄い選手だとは知っていたし、「新葉(わかば)ちゃん、すごいよ!」と言い続けてもきた。

 しかし、ほんとうにこんなに凄い選手だったのか……そう思い知らされたのは、2014年11月。今シーズンの全日本ジュニア、フリー演技を見たときだった。

 ルッツの3回転‐3回転が跳べるとか、トリプルアクセルに挑戦しているとか、スピンがきれい、スケートもきれい……そんな選手ならばこれまでもたくさん見てきたし、世界中にたくさんいるだろう。

 しかしその時彼女が見せたのは、他を圧倒するほどのスピード!

 見る人を強く引き付けるためには、フィギュアスケートだってスピードが大事――そのことは、我々もよく承知していたはずだ。しかし、ハイスピードがこんなにもプログラムを引き立たせること、スケーターにとって大きな武器になること。それを本当の意味で教えてくれるような、樋口新葉の演技だった。

 新潟市アイスアリーナにて。小さな、でも立ち見のお客さんでぎっしり埋まった会場で。

 人々は彼女の突風のような滑りのままに、心が4年後の平昌まで持っていかれる気がしたのではないだろうか。

樋口新葉早くも2018年平昌(ピョンチャン)五輪への期待が高まる樋口新葉
 そして「ああそうだ、こんな演技を見るために、こんな可能性を見つけるために、私はスケートを見続けているんだったな」。

 演技後、大きなガッツポーズで喜びを爆発させた彼女を見て、そんなことを思った。

 13歳(当時)が見せた4分に満たないプログラムで、そこまで深く思いをめぐらせてしまう……そういうことが、フィギュアスケートというスポーツには、ままあるのだ。

 「新葉ちゃん、やっぱりすごいな!」

 それからしばらく、あの新潟のリンクに居合わせた人々は、あの樋口新葉を見たことを、ことあるごとに話題にするようになる。

 見た者同士ならば、いかに凄かったかをそれぞれの言葉を尽くして。見ていない人がいれば、身振り手振りを交えてでも、あのスピードの魅力を語ろうとする。

 そしてどんなに言葉を重ねても表現できない興奮を知ってもらいたくて、「とにかく新葉ちゃん、見てくださいよ!」とアピールするのだ。

 しかし、「これぞ!」という演技を一度見てしまうと、人はどうしても厳しい目を持つようだ。

 ジュニアグランプリファイナル、全日本選手権、全国中学校体育大会……その後の樋口新葉は、快進撃を続けたけれど、「これぞ!」というほどの演技は見せてくれなかった。本人も、全日本ジュニアほどの手ごたえはないのだろう。あそこで見せたほど大きなガッツポーズも、それ以降出ていない。

 まったく、見る側は勝手なものだ。

 まだ13、14歳の女の子に「あの凄いのを、また見せてよ!」と、一流のパフォーマーに対するような期待をしてしまう。それが、中学生と言えどフィギュアスケーター。見る者を虜にする力を持つ者の、背負うものなのだとしても。

 「大きな試合になるほど、硬くなってしまうようだな。実は勝負に弱いタイプなのか……」

 「やはり女の子は、難しいよ。特にこの時期はあっという間に身体が成長するし、ジャンプの感覚も狂いやすい。平昌への期待をもう彼女に賭けてしまうのは、早すぎるかもしれないな」

 勝手な私たちは、そんなふうに簡単に、評価を覆す。

 しかし、樋口新葉の今シーズン最終戦、世界ジュニア選手権。

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