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川口悠子が語る「スケート人生」(下)

「自分は身体で語ることが好きだ」ということ

青嶋ひろの フリーライター

 ふたりとも若々しく見えるうえに、4回転まで跳べるから忘れがちだが、現在33歳と30歳。それぞれが身体に爆弾を抱えながらも、まずは今シーズンを滑り切ろうとする。ケガの辛さがわかっている分、身体のメンテナンスは万全。そして、1年を滑りとおすその目的は――。

 「ソチの年に見せられなかったプログラムを、滑りたい。その一心なんです。もう私たちが失うものは何もないから、結果も何も関係なく。自分たちが持っているものを見せたい気持ち……ただ、それだけ」

アレクサンドル・スミルノフさんと拡大アレクサンドル・スミルノフと=2009年
 今季のフリー、チャイコフスキーの「マンフレッド交響曲」。

 彼女たちのほとんどのプログラムをプロデュースしている振付師・ピーター・チェルニシェフも、「オリンピックのために、彼女たちの晴れ舞台のために作ったんだ。今年、こうして何度もいい演技をしてくれてうれしいよ」と語る渾身の作品だ。

 2014年10月、スケートアメリカにて。壮大な世界観を見事に描き出したこの作品を見たとき、これはもうスケートとは違う何かだ、思った。

 これはほとんど、文学なのではないか、と。きっと多くの人が、世界チャンピオンが滑るにふさわしいプログラムだと感じたのではないだろうか。

 「ストーリーは、彼が私のことを思い続けていて、私は自分の道を進む、というもの。ふたりともに迷いがあり、葛藤がある。サーシャがバタバタ暴れて、私が彼をポカンと叩いたり……みんなあのパート、好きだって言ってくれます(笑)。あの振り付け、意外と体力を消耗するので、時々外しちゃうんですが」

 プログラムの前半に入れる大技・スロー4回転サルコウもみどころだ。4回転スローは、彼らがもう8年も挑み続けているジャンプ。

 バンクーバー五輪では、フリー直前にタマラコーチの指示で回避し、挑む気満々でいた川口は「すねてしまって」、プログラムに十分入り込めなかった苦い記憶もある。

2014年11月のNHK杯で拡大2014年11月のNHK杯で
 そのジャンプを、ケガから復帰したばかりの今シーズン、スケートアメリカ、ヨーロッパ選手権と、GOEプラスが付く完璧な成功を重ねている。

 「4回転は、ペアに転向してからずっと、私の夢。それがやっと叶い始めたかな。8年間、プログラムに入れたり入れなかったりで……もうその逡巡だけで、疲れちゃいました(笑)」

 今シーズン、グランプリファイナルでも、ショートプログラムでソロジャンプとスロージャンプを転倒し、最下位。このときも彼女は「跳ばせてもらえない」覚悟をしたという。

 「『3回転で行こう』ってタマラに言われても、バンクーバーの時みたいにすねないように。気持ちの準備はしていました。そしたらやっぱり……。でもこの時はサーシャが、『もう何をやっても順位は変わらない。やれることを全部やろう』って。それで跳ぶことになったんです。タマラもそこまで強く『ダメ』と言ったわけではなく、私たちを試したのかもしれない。そんな雰囲気のなかで、今回はサーシャががんばってくれて……。
 去年と違って、今は彼が元気で、しっかりしてる。私の気持ちがバタバタしたときでも、ちゃんと隣に立っていてくれる。それが、すごく頼もしくて」

 スロー4回転は、練習では80~100%の高確率で成功しているジャンプ。しかし音楽の中で着氷することは、ずっと難しい。せっかく素晴らしいプログラムなのだから、リスクを回避し、美しくまとめさせたい、というタマラコーチの気持ちもよくわかる。

 「でもこのプログラムを完成させるためには 4回転を入れなきゃダメなんです!」

 これだけはゆずれない――強い口調と表情で、川口悠子は言った。

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筆者

青嶋ひろの

青嶋ひろの(あおしま・ひろの) フリーライター

静岡県浜松市生まれ。2002年よりフィギュアスケートを取材。日本のトップ選手へのインタビュー集『フィギュアスケート日本女子 ファンブック』『フィギュアスケート日本男子 ファンブック Cutting Edge』を毎年刊行。著書に、『最強男子。 高橋大輔・織田信成・小塚崇彦 バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』『羽生結弦物語』(ともに角川つばさ文庫)、『フィギュアスケート男子3 最強日本、若き獅子たちの台頭 宇野昌磨・山本草太・田中刑事・日野龍樹・本田太一」(カドカワ・ミニッツブック、電子書店で配信)など。最新刊は、『百獣繚乱―フィギュアスケート日本男子―ソチからピョンチャンへ』(2015年12月16日発売、KADOKAWA)。

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