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FIFA理事選、日本の田嶋幸三氏に吹く追い風

30日にAFC総会、2度目の立候補で4年間空席だった日本として返り咲きを狙う

増島みどり スポーツライター

イビチャ・オシム元日本代表監督と握手する田嶋幸三・日本サッカー協会専務理事(当時、左)=2008年6月、東京都文京区拡大イビチャ・オシム元日本代表監督と握手する田嶋幸三・日本サッカー協会専務理事(当時、左)=2008年6月、東京都文京区
 4月30日、バーレーンのマナマで行われるAFC(アジアサッカー連盟)総会まで約2週間と迫った14日も、田嶋幸三・日本サッカー協会副会長は防弾チョッキを着用してイラク・バグダッドの福祉施設にボールを贈り歓迎を受けていた。日本的な「最後のお願い」に、イラクを訪問したわけではない。

 紛争地で、サッカーさえできなくなってしまった子どもたち、市民に安心してサッカー楽しめる環境を整備する。それが、AFC選出のFIFA理事(国際サッカー連盟)選に掲げた「公約」でもある。この4年間、イラクだけではなく、パレスチナも5回訪問。ヨルダンの砂漠で約10万人ものシリア難民が暮らす過酷な「ザーダリキャンプ」にも入った。アジア全46協会のうち回れなかった国は、シリア、イエメンなどわずかで、アフガニスタン、トルクメ二スタン、パキスタンとは日本で会談した。軸足は、アジアへの貢献から決して動かさず、前任の小倉純二氏が2011年に退任して以来の、FIFA理事への返り咲きを狙う。

 「財閥系ビジネスマンでも、王族や、特別な立場でもない自分が、ただ1人、サッカーの技術畑出身者として訴えた強み、日本の誠実さは十分に通じた手応えがある。選挙は最後まで分からないが、何があっても戦える」

 イラクから帰国した翌日、東京・文京区のJFAハウスで取材に答える様子には充実感が溢れていた。立候補者は7人で、4年任期の理事に2人、2年任期に1人が選ばれる。4年前は19票で敗れたが、今回は過半数の24を

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筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

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