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成果出し続けた佐々木監督長期政権が迎える分岐点

熟成「なでしこジャパン」国際タイトル3大会連続決勝進出の快挙後の選択

増島みどり スポーツライター

米国戦の後半、FKに澤(10)が頭で合わせるもGKソロに阻まれる=2015年7月5日、カナダ・バンクーバー拡大米国戦の後半、FKに澤(10)が頭で合わせるもGKソロに阻まれる=2015年7月5日、カナダ・バンクーバー
 澤穂希(36)は、1995年のW杯初出場から20年かけて積み重ねてきた24試合目が終わった瞬間、芝に座り込むことも、天を仰ぐこともなく、最初にチームメート全員に駆けより、佐々木則夫監督、スタッフと固く抱き合った。込み上げるものはあったはずだが、自身の6度目の出場を大きく扱われるより、最後のW杯の感傷に浸るより、目前の1勝だけが欲しかったに違いない。

 あえて笑顔で、爽やかに、自らのW杯を去ろうとする姿に、男女通じ日本代表最多の205試合に出場し83得点、前人未到のW杯6大会出場を果たしたフットボーラ―の気高さがある。長年共に戦ってきたアメリカのFW,アビー・ワンバック(35)とはピッチで誰より長く抱き合った。

 女子代表最多の183点をあげてきたFWが澤を抱き上げ、足が浮いてしまうユーモラスな場面も、試合だけでなく時代も共有した2人にしか分からない特別なものだろう。澤が米国に初めて勝ったのは、11年ドイツW杯決勝、わずか4年前である。キャリアのほとんどで負け続け、期待の若手としてチームに勢いをもたらし、大黒柱となってけん引し、今大会はサブでチームを支えた。そんな澤を「尊敬して止まない」ワンバックもまた、同じ役割を担い、果たしてきた。

 2人の宿命の対決も、寂しいがカナダ大会が最後。2人が先発にいない、一時代に終わりを告げた決勝は、新たな時代とをつなぐような歴史的な試合となった。

ノックアウトパンチのようなセットプレーの理由

 アメリカは立ち上がりの2分に最初のCK、4分には最初のFKに凄まじい攻勢をかけ、ゴールを奪うだけではなく、日本DF陣に激しい動揺をも与えた。決勝まで6試合、初出場が4カ国、豪州、イングランドと、相手は日本対策というほど詰めた戦術では向かって来なかった。相手がそれだけ日本に敬意を払っているためでもあり、ディフェンディングチャンピオンのブランド力ともいえる。決勝までの6試合の立ち上がりは常に、比較的落ち着いて主導権を握る展開だった。これもアメリカに狙われた。

 今大会大躍進したDFの有吉佐織(日テレベレーザ)は、「アメリカのセットプレーはもちろん警戒し研究していた。でも

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筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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