40までの現役で見せた苦闘、「心がボロボロになることはなかった」
2015年09月02日
しかし、2日で柔和な表情に変貌した様子は、もはやステロイド注射のほか緩和する手だてがなかった両膝、肩の痛みに耐え、練習の度に、ぞっとするほど長いテーピングで鋼の身体を防護し、思う柔道ができない自分との葛藤を続けた日々が、どれほど厳しい時間だったのかを表しているようにも思え、どこかで安堵した。
引き際について記者から質問が飛んだ。
「引退を決断するときは、体がボロボロになるのか、心がボロボロになるのか、それとも両方なのか、とずっと考えてきました。でも、分かったのは、心がボロボロになることは絶対になかった、ということです」
記者への「答え」だけではない。
恐らく、伸び悩み、ケガに苦しんでいるトップアスリート、またベテランと呼ばれ、引き際を思案する選手たち皆が、野村に尋ねたかった問いであったはずだ。37年間、競技への情熱や愛情が失せたことは絶対にない。それは年齢を問わず、全てのトップアスリートたちにとっての希望の道標にもなる。
会見中柔道の技に話が及ぶと、ライバルたちを震え上がらせた「つり手」をつい無意識にポーズしながら、「誰かあまり使っていない膝を、自分と交換してくれるならまだやりたい」と、会場中を和やかな笑いに包み込む。ひな壇右手には、偉大な功績を語る金メダルが3つ並べられていたが、1時間半近くの会見で絶えなかった清々しい笑顔は、それらの輝きに勝るかのようだった。
取材を通じて触れた偉大な柔道家はいつも繊細で、どこか怖がりで、情けない部分を決して隠さない男だった。
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