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低迷する団体球技の起爆剤になるか、女子バスケ

1カ月前まで国際試合出場停止だったチームがリオ五輪出場の先陣切った快進撃の原動力

増島みどり スポーツライター

主将としてチームを引っ張った吉田=2015年9月4日、中国・武漢、日本バスケットボール教会提供拡大主将としてチームを引っ張った吉田=2015年9月4日、中国・武漢、日本バスケットボール教会提供
 取材に慣れないのか声も小さく、コメントも控えめだった。快挙を果たしての凱旋帰国なのに、どこか遠慮がちな彼女たちの様子が、2004年のアテネ以来12年もオリンピック、世界舞台を遠ざかってしまっていた現実を表すようだった。

 5日、中国・武漢で行われていた来年のリオデジャネイロ五輪アジア予選でもある「アジア選手権」決勝で、女子バスケットボール日本代表、愛称「隼(はやぶさ)ジャパン」がランキングでは上位で、最大のライバルと目された中国を85対50の圧勝で抑えて、アテネ(10位)以来3大会ぶりの五輪復帰を果たした。団体競技トップでのリオ切符獲得ともなる。一昨年アジア選手権を43年ぶりに制した実力は評価される一方、ランク8位の中国には勝てないのでは?と見られた下馬評を鮮やかに覆してみせた。

 凱旋直後の祝賀会では川淵三郎・日本バスケットボール協会会長から「どうも皆、控え目過ぎる。もっとアピールするために取材をどんどん受けなさい。メダルを狙わなければいけない」と、新たな目標が示され、選手たちはまた控えめに、しかし力強くうなづいていた。

 昨年11月、長く対立してきた男子の2リーグ制を象徴とする日本バスケットボール協会の統治(ガバナンス)などが問題視され、国際バスケット連盟(FIBA)に無期限の国際試合出場停止処分を受けた。アジア選手権に優勝したばかりで士気が高かった女子はいわば、男子の「とばっちり」を受けた格好で、五輪出場権獲得に向けたもっとも重要な時期にもかかわらず国際試合を組めない異常事態を味わった。

 外部関係者による「タスクフォース」とFIBAからの指導が功を奏し、制裁解除への道は順調に進んだものの、正式に決定したのは8月9日。出場権獲得をかけた大一番まで1カ月を切っていた。

 「むしろその危機感が強いモチベーションにもなった」と、チームを力強くけん引した吉田亜沙美主将(27=JX-ENEOS)は苦しかった時期が原動力だと振り返る。大手企業に属し、万全の環境でプレーしてきた実業団選手としての自分たちに、どこか「甘さ」はなかったか。制裁解除に向けて、川淵氏をはじめ、バスケットボール界だけではなくスポーツ界全体から寄せられる無私の支援、ファンからの激励、それらに何としても応えなくてはならない責任感やプレッシャー。出場停止処分が、競技に取り組む姿勢、勝負へのこだわりを改めて考え直す機会を与えてくれたという。

走力をベースに、多彩な個性と厚い選手層が実った強化

 内海知秀監督(56)のもと、「走り切る」バスケットボールを磨いた成果でもある。決勝では、身長で上回る中国にオフェンスリバウンドでは苦戦するが

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筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

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