メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

調書頼みの終焉を示した東住吉事件の再審決定

突っ走った警察、チェックできなかった検察、最大の責任は自白調書重視の裁判所

河合幹雄 桐蔭横浜大学法学部教授(法社会学)

母(中央)と姉(左)と再会した朴龍晧さん=2015年10月26日、大阪市北区拡大母(中央)と姉(左)と再会した朴龍晧さん=2015年10月26日、大阪市北区
 1995年の東住吉事件の再審が決定し、それにともなう刑の執行停止により、無期刑で収監中の男女が釈放された。事件から20年が経過していた。再審結果はまだだが、無罪判決は必至とみる。冤罪事件とひとくくりにされることが多いが、どこが間違っていたのか、また、なぜ今になって正されたのであろうか。結論は、取調調書頼みで過ち、調書頼りをやめたことによって再審決定したとみるが、丁寧に検証しておきたい。

 簡単に事件経過を振り返っておこう。入浴中の娘を、隣接する駐車場にガソリンを撒いて放火して殺害し、1500万円の保険金を請求したいわゆる保険金殺人事件として取調べ、母親と内縁の夫の両者から自白を得た。借金が200万円あったことは疑われる理由となったと推察される。検察は、この見立てのまま起訴、1999年第一審で両者ともに無期刑となり、高裁、最高裁も、それを支持し2006年に確定した。

 どこがおかしかったかを論じる前に、一点確認しておく必要がある。「疑わしきは被告人の有利に」あるいは「罰せず」という刑事裁判の原則については、良く知られている。素人感覚でも、確実でないのに犯人にされてはならないという慎重さは、犯人をあげたいはやる気持ちがあっても納得できることであろう。

 しかし、「疑わしき」の程度はどのぐらいなのかということは理解不足のように思う。そもそも単純に程度問題と考えてはいけない。単に文句なしの証拠があるかどうかではなく、あってはならない疑いとは、「合理的な疑い」である。他の犯人がいたとしても辻褄が合う、あるいは、事故や自殺と考えても辻褄が合うことが、典型的な合理的な疑いがあって有罪にできないケースである。そのことを理解しておけば、このケースでは、駐車場の自動車からのガソリン漏れが風呂の種火に引火した事故死の可能性を捜査で「つぶして」おかなければならなかったことが指摘できる。

 後から思えばという面はあるが、まず、警察が、保険金殺人を疑ったあと、その線だけで突っ走ってしまった。これが、最初のミスである。しかも、保険金殺人でわが子を殺すにしては手口が奇妙だし、ガソリンを撒いてライターで点火したのに火傷が少なすぎるなど不審に思えることがたくさんあったのに自白を取れたことで、全て無視してしまった。

 続いて、事件は検察の手に渡る。警察の現場が、少々走りすぎても、これをチェックすることが検察の役割である。事故の可能性について捜査すべきであった。この当然のことが抜けたのも、おそらく自白があるからではなかったかと推察される。

 そして最後に、地裁の裁判官までもが、事故の可能性について無視してしまった。弁護側は争点として指摘しているにもかかわらず、簡単に退けた理由は、やはり、自白調書があったから以外には考えられない。なにしろ、他に有力な証拠はなにひとつなく、保険金のことが気になる程度の事件であった。警察官、検察官、裁判官、いずれも典型的な、自白調書重視 ・・・ログインして読む
(残り:約1120文字/本文:約2355文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
Journalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

河合幹雄

河合幹雄(かわい・みきお) 桐蔭横浜大学法学部教授(法社会学)

1960年、奈良県生まれ。京都大大学院法学研究科で法社会学専攻、博士後期課程認定修了。京都大学法学部助手をへて桐蔭横浜大学へ。法務省矯正局における「矯正処遇に関する政策研究会」委員、警察大学校嘱託教官(特別捜査幹部研修教官)。著書に『安全神話崩壊のパラドックス 治安の法社会学』『日本の殺人』『終身刑の死角』。

河合幹雄の新着記事

もっと見る