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除染という環境破壊、科学の限界と研究者の役割

福島で放射線量を測る今中哲二京大助教が問う「科学的に証明されていない」という言葉

大久保真紀 朝日新聞編集委員(社会担当)

  鹿児島に滞在していた11月14日の早朝、大きな揺れを感じ、目を覚ましました。とっさに思い浮かんだのは、再稼働したばかりの川内原発のことでした。幸い、鹿児島市の震度は4。原発に異常は起こりませんでした。

  福島第一原発の事故から4年半が過ぎました。まだ10万人を超える人たちが避難生活を送っています。一方で、避難指示が解除され、帰還を進める自治体も出てきています。放射線の影響についても、いったい何を信じ、行動すればいいのか、心を痛めている人たちも少なくありません。

  今年の夏、被爆から70年を迎えた広島市内であったシンポジウムのことを思い出しました。「8・6 ヒロシマ国際対話集会――反核の夕べ」と題されたシンポは、「核と人類は、共存できない」という思いを共有する人たちの集まりでした。

  基調講演したのが、広島市生まれの今中哲二さんです。京都大学原子炉実験所助教で、反原発で知られる「熊取6人組」のひとりです。京大原子炉実験所が大阪府の熊取町にあるため、そう呼ばれてきました。ほかの人はみな退職し、いま実験所に残っているのは、今中さんだけです。

  シンポジウムで今中さんは開口一番、「みなさんは科学を持ち上げすぎです」と言いました。

  「科学で知れることはたかだか限られています。よく、福島で住めるのかと聞かれます。でも、それは何とも言えない。分からないのです。すぐに死ぬならば、危険というけれど、そうではない。『よくわからない』を相手にしたときに判断するのがみなさんは苦手です。わかったように話す人はたくさんいるけれど……。住むかどうかはその人の社会的、個人的判断です。それを科学で切るのは無理です。科学は、危険やリスクがどれぐらい考えられるかということしか示せません」

福島県飯舘村にたまる除染廃棄物=2014年10月拡大福島県飯舘村にたまる除染廃棄物=2014年10月
  今中さんは、2011年3月の東日本大震災で、福島第一原発が事故を起こした直後から飯舘村に入り、その後も通い続けて、放射線量の測定などを続けています。今中さんの目に、現地はどのように映っているのでしょうか。飯舘村の人口は6000人。今中さんによると、その村に毎日7500人の作業員が除染のために入っているそうです(注:時期によって人数は多少の変動があるとのことですが、村の人口に匹敵するぐらいの人数は入っているそうです)。その状況を、今中さんは「除染という名の環境破壊」と評しました。

  除染作業は、畑、田、道路などの土をはいで、袋に入れ、あちこちに積むものです。いま置いてあるのは「仮仮置き場」だそうです。昔のゴミセンターが、その後の「仮置き場」になるそうです。仮置き場の後、原発近くに造られた中間貯蔵施設に運ばれます。中間貯蔵施設には30年保管され、その後は、最終処分場にもっていくことになっています。

  「だれも信じていないですよね」

  その状況を、今中さんはそう言います。

  今中さんが、毎日7500人が除染作業をしているとして飯舘村の除染作業にかかる費用を計算したところ、1人1日当たりの諸経費を5万円とすると、毎日3億7500万円、1年で約1000億円。「飯舘村全体の除染費用だけで3000億円というのは〝ホントの話〟の気がしてきた」と吐露しました。人口6000人の村に3000億円をかけて除染をするのだそうです。

  「除染しても放射線量は半分になるぐらいです。村のアンケートでは除染しても、村に戻るというのは2割。しかも、若い人はほとんどいません。3000億円をかけた除染は、何のための、だれのための除染なんでしょうか。一度方向が決まると止められない。日本政府は動き出したらチェック機能がきかない。70年前の戦争と同じじゃないでしょうか」

  今中さんはこう言います。「原爆は、 ・・・ログインして読む
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筆者

大久保真紀

大久保真紀(おおくぼ・まき) 朝日新聞編集委員(社会担当)

1963年生まれ。盛岡、静岡支局、東京本社社会部などを経て現職。著書に『買われる子どもたち』、『こどもの権利を買わないで――プンとミーチャのものがたり』、『明日がある――虐待を受けた子どもたち』、『ああ わが祖国よ――国を訴えた中国残留日本人孤児たち』、『中国残留日本人』など。

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