辰濃哲郎(たつの・てつろう) ノンフィクション作家
ノンフィクション作家。1957年生まれ。慶応大卒業後、朝日新聞社会部記者として事件や医療問題を手掛けた。2004年に退社。日本医師会の内幕を描いた『歪んだ権威』や、東日本大震災の被災地で計2か月取材した『「脇役」たちがつないだ震災医療』を出版。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
安保法制を報じるシリーズ「時代の正体」が突きつける新聞の「公正」「不偏不党」
「ええ、偏っていますが、何か」
自分が購読している新聞に、安保法制に反対ばかりで「偏っている」と批判したところ、ホームページ上でこんな風に開き直られたらどう思うか。
ご存知の方も多いだろうが、神奈川新聞が1年以上にわたって続けている『時代の正体―権力はかくも暴走する』というシリーズが「偏っている」との批判に対し、担当デスクが署名入りで反論した文章だ。安保法制に反対する若者のグループ「SEALDs」(シールズ)や憲法学者らの思いを紹介し、米軍基地建設のために埋め立てられる沖縄・辺野古やヘイトスピーチの現場などを記者が訪ね歩き、時代の空気とそれに抗う人々の風景を描いた。安倍晋三政権が進めた安保法制を「暴走」と指弾して正面から立ち向かった企画だ。集団的自衛権を容認する閣議決定を下した直後の昨年7月から始まり、現在も続いている。つい先日、「平和・協同ジャーナリスト基金賞」の奨励賞を受賞した。
記事はまず、こう始まる。
「偏っているという受け止めが考えやスタンスの差異からくるのなら、私とあなたは別人で、考えやスタンスが同じでない以上、私が書いた記事が偏って感じられても何ら不思議ではない。つまりすべての記事は誰かにとって偏っているということになる」
さらに安保法制をごり押しした安倍政権を「憲法という権力に対する縛りを為政者自らが振りほどき、意のままに振る舞うさまは暴走の2文字がふさわしかった」と批判する一方で、「私たちは何を見落とし、何を書き逃してきたのか。時代の正体なる大仰なるタイトルはその実、時代を見通す目を持ち得なかった自分たちのふがいなさの裏返しにほかならず」と、それを許したジャーナリズムの担い手である自身を嘆く。
異論を封じ込めようとする風潮に対して「民主主義の要諦は多様性にある。(中略)それぞれが違っているからこそよいという価値観が保たれていなければならない」と説き、最後は神奈川新聞記者として決意を込める。
「だから空気など読まない。忖度しない。おもねらない。孤立を恐れず、むしろ誇る。偏っているという批判に『ええ、偏っていますが、何か』と答える。そして、私が偏っていることが結果的に、あなたが誰かを偏っていると批判する権利を守ることになるんですよ、と言い添える」
地方紙とはいえ、メディア界のテーゼとも言える「公正」「不偏不党」に、ここまで切り込んだ新聞社が、かつてあっただろうか。私はなぜかショックに