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渦中の最中に考える「ベッキーの才能」(下)

芸がなくても仕事がくるのは才能である

杉浦由美子 ノンフィクションライター

”見下される妻”に女性たちは共感する

番組の司会でも評価が高いベッキー=2014年2月、大阪市北区拡大番組の司会でも評価が高いベッキー=2014年2月、大阪市北区
 今回、ベッキーの不倫騒動でなぜ過剰に反発を招いたのか。まず、女優やトップアイドルのようなスター性があるわけでもなく、芸人のように面白いギャグを披露するわけでもない。つまり、なにも芸がないように見えるベッキーが大手芸能プロダクションの稼ぎ頭とまで言われていた状態に、みな、うっすらと違和感があって、それが今回爆発した形なのかもしれない。そして、なにより、ベッキーが「不倫じゃない」「略奪じゃない」とSNSに書き込んでいたのは、「私は特別な存在」という選民意識も感じされる。相手の妻に対しての申し訳ない気持ちや配慮がまったく欠ける印象も与えた。私を含めて凡庸な女子からすると、川谷の妻の「見下される側」に共感してしまうわけで、ベッキーへの反発は強まっていく。

 だが、ベッキーは天才であることは確かだ。

 関西テレビの関係者は「ベッキーの才能」を「進行の技術、山口智充さんら共演者との相性もある」という。才能というのは、生まれ持って備わったもので、努力して得られるものではない。進行の技術は経験で上達するかもしれないが、メインの司会者を引き立てて、その横で邪魔をせず、かつ場に華やぎを与える。このようにアシスタントとして秀でるには、努力しようがないように思える。

努力しても「好感度」はあがらない

 マリリン・モンローはセックスシンボルから本格女優に転向するにあたってアクターズスタジオで演技を学んだ。ある野球人もタレントに転向する時に、落語家に付いてしゃべりのトレーニングを受けた。このように努力をすることで、キャリアを切り開ける仕事もあるが、しかし、ベッキーのもつ「メイン司会者の引き立て役を食わないで、かつ、存在感を出す」という力は、努力でどうにかなるように見えない。タレントになるのだから、ベッキーにもそれなりの自己顕示力はあったわけで、今回の不倫騒動の報道をみるとプライドの高さも見え隠れする。なのに、決して、他の男性司会者を凌駕せず、元気でさわやかに、かつ控えめに振る舞うのは、努力してできるわざではない。

田中みな実という悲劇

 もし、努力して、ベッキーのような好感度を出せるならば、フリーアナウンサーの田中みな実は苦戦しないだろう。田中みな実はTBSの局アナ時代に「ぶりっこキャラ」で一躍知名度をあげたが、フリーになってからはあの路線をやめた。現在は、バラエティー番組でアシスタントをつとめているが、地味で本当に存在感がない。あれだと局アナにやらせても同じなわけで、テレビ局としてはわざわざフリーアナウンサーを起用する意味がない。

 田中みな実自身が、『週刊朝日』の林真理子との対談で、”名前だけが独り歩きしちゃって。いま本当に悩んで ・・・ログインして読む
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筆者

杉浦由美子

杉浦由美子(すぎうら・ゆみこ) ノンフィクションライター

1970年生まれ。日本大学農獣医学部(現・生物資源科学部)卒業後、会社員や派遣社員などを経て、メタローグ社主催の「書評道場」に投稿していた文章が編集者の目にとまり、2005年から執筆活動を開始。『AERA』『婦人公論』『VOICE』『文藝春秋』などの総合誌でルポルタージュ記事を書き、『腐女子化する世界』『女子校力』『ママの世界はいつも戦争』など単著は現在12冊。

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