「ゆっくりとこの国の生活水準を下げてゆき、米ソとは違う暮らし方をつくりたい」
2016年02月03日
自殺を肯定することは難しい。社会では「自殺防止キャンペーン」が実施される。「こんなことやってもね」とキャンペーンに駆り出された精神科医が小さい声でぼやいていた。うつ病の人に「私は自殺はしません」と一筆書くことをすすめる精神科医もある。
誰だって、死んで欲しくない、という気持ちは持っている。あなたのことを心配しているよ、という他人がいてくれることは、自殺を防ぐ力になる。医療関係の人は、その役を担っていると言える。
であっても、逆に、自殺を防げなかったという経験を、ほとんどの精神科医、精神科スタッフは持っている。「これで楽になれた、と思います」と親御さんに言われ、言葉なく家を辞した精神医療関係者は多い。
自殺は、医療者にも家族にも、本人にも捕らえられない、得体の知れない心の混沌を昔も今も、私たちに見せる。
自殺について鶴見さんは書いている。
14歳で自死した岡真史さんのことで息子さんが動揺し、「おとうさん、自殺してもいいのか?」と尋ねられた。その時、こう答える。
「してもいい。二つのときにだ。戦争にひきだされて敵を殺せと命令された場合、敵を殺したくなかったら、自殺したらいい。君は男だから、女を強姦したくなったら、その前に首をくくって死んだらいい」
心に残るのは、自殺したらいい、というセンテンス。そこに浮かぶ二つの図。二つ以外の苦しみにも人は立たされる。止むを得ず、自死という選択をする、ということも許されるのかも知れない。
その前に苦しみを取り除くために、皆で力を合わせる、ということも大切な営み、とも思える。「自殺していい」とも言えるし、「自殺はしないで」とも言える。鶴見さんが言っているように、大切な問題の答えは、いつも、あいまいだ。ここでは、自殺を全部は否定しない鶴見さんの図柄を記した。
鶴見さんは15歳でアメリカに渡り、英語に苦労するが、3カ月が過ぎ、インフルエンザに罹(かか)り、治った時、英語が耳に入るようになる。
経済学者の都留重人さんに多くの示唆を受ける。経済学の施(ほどこ)しを受けたのではなく、学問に対する態度を学ぶ。都留さん自身、生物学、心理学、哲学というように違う学部をとおって経済学を学んでいた。その時、都留さんの言ったことが「教育再定義の試み」に書かれている。
「哲学というのは、はっきりとした問題と取り組むなかで、方法上の工夫を重ねる、そこから生まれてくるのがいい」
この考え方は、鶴見さんを導く糸となっているそうで、「はっきりとした問題と取り組む時の、方法の吟味が哲学、そうとらえる」と文章は続く。
臨床哲学という言葉を、哲学者の鷲田清一さんを通して学ぶのだが、現実の具体的な場の具体的な出来事を前に、しどろもどろ、右往左往しながら、誠意ある態度をどうしたら生み出せるか、と試行錯誤する医療の現場も、間違いなく哲学の場と言ってもよさそうだと、二人の哲学者の言葉から教えられる。
家や家族について考えることを、鶴見さんは手放さなかった。「父権主義打倒!」「家出の思想」が叫ばれるころにあっても、太古から絶えることなく生き続ける家、家族って、何なのだろう、という興味を絶やさなかった。
善悪で論じることのできない代表格とも言える「家」「家族」。「何なんだろうね」と矛盾の巣窟を多方向から照らした。「家族は親しい他人」も鶴見さんから教えられた家族の定義だが、もう一つ、ちょっと怖い定義が「家の中の広場」の中にある。少し長いが引用してみる。
―いったん家が作られると、無制限に性の欲望をみたそうとしてゆくことはできない。そういうはだかの欲望をおさえるための秩序が家を保ってゆくためには必要とされ、そこから、近親相姦の禁止などという規範がたてられることになる。秩序が家の中にできるということは、うらがえして考えれば、家の中ではお互いが殺そうと思えばたやすく殺せる間柄にあるということである。日本の家をとってみると、部屋に鍵がかかるようになっていないし、家の中の誰かが、他の誰かを殺そうと思えば、体力のあるなしにかかわらず、殺すことができる。
こう書いたあと、短い一文が添えられる。
「家というものは、いつ家人に殺されてもよいという気分にむすばれた場であると言える」
ここでも、絵図というか、ひとつの光景が浮かぶ。
かつて、関西に住む棋士が、息子さんに刺されて死んだことがあった。高齢化社会となった現代では、介護に疲れた子が親を、介護に疲れた90代の男性が同じく90代の妻を刺したり首を絞めたりすることが日常的に発生するようになった。
鶴見さんの「家の定義」を思い出すことが多くなる。
テロを無くすことはできないか。世界中の緊急の問題だ。
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