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「民事不介入」を理由に動かなかった警察

尼崎連続変死事件 主犯が自殺し「従属的な役割」と主張し軽くなった親族の一審量刑

小野一光 ノンフィクションライター

 2月12日に神戸地裁で開かれた、角田瑠衣被告に対する裁判員裁判の判決公判で、懲役23年(求刑懲役30年)の判決が言い渡された。

  瑠衣被告は、事件化されただけでも死者数が8人に上る「尼崎連続変死事件」の主犯・角田美代子元被告(当時64=留置場内で自殺)の義理の娘。瑠衣被告は5つの事件で、3件の殺人、さらに死体遺棄や監禁罪など、計9つの罪に問われていた。

  美代子元被告を頂点とした「角田ファミリー」という戸籍上の家族たちが、それぞれの親族の家庭に踏み込み、ときには第三者の家庭をも巻き込んだ一連の事件では、瑠衣被告の他に6人の元被告の親族などが一審を終え(うち2人が控訴)、この判決が一審では最後のものとなった。

  判決が下された順に結果を記すと、美代子元被告の長男・角田優太郎受刑者に懲役17年(求刑懲役25年)。死亡した仲島茉莉子さんの夫・仲島康司受刑者に懲役15年(求刑懲役20年)。元被告の義妹・角田三枝子受刑者に懲役21年(求刑懲役30年)、元被告の養子で長男・角田健太郎受刑者に懲役21年(求刑懲役30年)、元被告の内縁の夫・東頼太郎被告に懲役21年(求刑懲役30年=控訴中)。さらに元被告の義理のいとこ・角田正則被告に無期懲役(求刑無期懲役=控訴中)となっている。

  これらの結果を見てもわかる通り、8人もの死亡が事件化されたにもかかわらず、死刑求刑事案は1件もない。下された判決も、3件の殺人など計10の罪に問われ「元被告に次ぐ立場」と公判で裁判長に位置づけられた角田被告への、無期懲役がもっとも重いものだった。また、その他の被告については、概ね求刑の7掛けの懲役に落ち着いた。その点では、凶悪事件の厳罰化が進む現在においては、比較的に軽い判決だったといえる。

  とはいえ、こうした結果になるであろうことは、2012年12月12日に美代子元被告が兵庫県警本部内の留置場で自殺したことから、ある程度予測されていた。

  すべての犯行のキーマンだった元被告が死亡したことにより、その他の被告全員が自身の犯行について「従属的な役割だった」と主張したのである。それはまさに「死人に口なし」を地でいく流れだった。

兵庫県議会警察常任委員会で角田美代子元被告の自殺の検証結果を報告し、頭を下げる倉田潤県警本部長=2013年3月16日、神戸市中央区の兵庫県議会兵庫県議会警察常任委員会で角田美代子元被告の自殺の検証結果を報告し、頭を下げる倉田潤県警本部長=2013年3月16日、神戸市中央区の兵庫県議会
  その点においては、元被告に自殺されてしまった兵庫県警の留置管理の不備に重大な責めがある。「もし」という言葉を使っても詮無いことだが、元被告が生きて公判に出廷していれば、おのずと判決に変化が生じたに違いないからだ。角田ファミリーに親族を殺害された遺族や、危害を受けた被害者に対して、なんとも承服しがたい結果をもたらしてしまったことは明らかである。

  振り返れば、この「尼崎連続変死事件」は、警察がきちんと対応していれば、被害がここまで広がることのない事件だった。

  拙著『家族喰い-尼崎連続変死事件の真相-』(太田出版)にも記したが、判明した限りでいちばん早い警察への駆け込みは1998年3月のこと。美代子元被告の伯父の妻が病死した際の葬儀に因縁をつけ、その親族を兵庫県尼崎市内で軟禁状態に置いていたときである。そこで妻の娘である60代の女性Aさんが虐待を受けていることを見かねた隣人が、警察に通報。警察官がやってきたのだ。

  しかし、そこでは玄関先からいくら呼びかけても、Aさん本人が自発的に家屋から出て来なかったため、警察官は引き揚げた。元被告の指示でAさんは翌日には別の場所に移動させられ、その1年後に、共同生活を強要されていた同県西宮市内の団地で死亡した。

  また、Aさんやその親族とともに軟禁状態にあった、西宮市の40代の男性親族Bさんは、98年中に3回にわたって兵庫県警に被害状況を訴えたが、親戚どうしの揉め事として「民事不介入」を理由に、事件化されることはなかった。

  続いてもっとも大きな機会を逸したのが、2000年1月から2月にかけてだ。美代子元被告の恐怖支配に耐えかねたBさんが、元被告に窃盗を持ちかけて一緒に犯行を重ね、自身が自首することで元被告を逮捕させようとしたのである。そして実際にBさんは同年1月には兵庫県警に自首し、それにより元被告を含む関係者も、翌2月には窃盗容疑で逮捕された。

  この際、Bさんは元被告の暴力による支配やAさんともう1人の親族が不審死していることも訴えたが、起訴は窃盗罪のみにとどまり、

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