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[4]未成年者の連続殺人への最高裁判断は妥当か

世界の刑事裁判の趨勢に逆行、将来の法のあるべき方向を指し示すべきだ

瀬木比呂志 明治大法科大学院教授

  第二には、「犯罪の責任をすべて行為者に帰することができるのだろうか?」という疑問が立てられよう。

 脳神経科学や精神医学が明らかにしてきたところによれば、人間の性格や行動の型は幼児期を中心とする生育歴で相当程度に決定されてしまうことに間違いはないと思われる。ことに、幼児期や子ども時代の虐待については、子どもの暴力傾向に決定的な影響を与える。

  生物学と医学の接点で働いているという著者デボラ・ニーホフは、その著書『平気で暴力をふるう脳(原題は、『暴力の生物学』)』〔草思社〕において、暴力犯罪や逸脱行動、あるいは精神疾患に関して生物学的な知見を導入することの重要性を強調し、次のように主張する。

  「遺伝子と環境は相互に作用し、その過程は脳の発達過程に刻み込まれてゆくし、大きなダメージが与えられた場合には、神経細胞のレヴェルでの変化も起こる。そうした子どもの多くは犯罪者か犯罪の被害者になるが、脳のスキャンを行うと、暴力犯のみならず、その被害者についても、一部の萎縮や機能の低下がみられる」

 私は、PTSD(Posttraumatic Syress Disorder。心的外傷後ストレス障害)の研究を専門とする日本人医師からも、同様の話を聴いたことがある。

  また、FBI行動科学課の捜査官でプロファイリング(心理学的分析による犯人像割出し法)の専門家であったロバート・K・レスラーも、連続殺人犯の多くが、子ども時代に、性的な虐待を含む虐待を受けているといい、こうした殺人の根底には性的なサディズムがあるので、改善は容易ではなく、また、死刑は、こうした犯罪抑止のためには役立たないという。

  なぜなら、死刑は、こうした殺人犯の衝動を思いとどまらせる動機にはなりえないからだ。むしろ、彼らの生育環境や心理を継続的に調査することによって得た知見を今後の犯罪の予防のために役立てるべきではないかというのが、彼の意見である(『FBI心理分析官』、『FBI心理分析官2』〔ともにハヤカワ文庫〕)。

  なお、アメリカに多い快楽殺人的連続殺人犯については死刑の抑止効果はおよそ期待できないというのも、レスラーだけの意見ではない。そして、おそらく、これは、アメリカに限られることでもないだあろう。つまり、前回で論じた死刑の犯罪(殺人)抑止効果などというものは、犯行態様が凶悪なものになればなるほど、期待できない可能性が高いということだ。

小松川事件で18歳の定時制高校1年の少年が強盗殺人容疑で逮捕された=1958年9月1日、東京都江戸川区の小松川署小松川事件で18歳の定時制高校1年の少年が強盗殺人容疑で逮捕された=1958年9月1日、東京都江戸川区の小松川署
  見ず知らずの他人に対する殺人、ことに連続殺人は、情緒的発達のみならず、知的な発達さえ阻害されるような悲惨な環境で育った人間によって犯されることが多い。そして、「そうした犯罪の責任をすべて行為者に帰することができるのだろうか?」という疑問がことにシリアスなものとして浮かび上がるのは、殺人犯が少年の場合である。

 犯行時に20歳未満の未成年であった連続殺人犯の事件として有名なのが、在日韓国人李珍宇(イ・ジヌ。犯行当時18歳)が女子高生を含む2名の女性を殺害した小松川事件(1958年)と、極貧家庭で酸鼻を極める劣悪な環境(実質的な母子家庭の母親による長期間の遺棄、兄や姉たちによる虐待等)に育った永山則夫が4人の男性を射殺した永山則夫連続射殺事件(1968年)だ。

  いずれの少年も、(潜在的な)知的能力や文章力は相当に高かったが、情緒的発達にはかなり問題があり、李珍宇はその死まで、永山則夫も犯行後相当の期間が経過するまで、みずからの犯した行為の重大性や残虐性を十分に認識することができなかった。

  小松川事件では、

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