「政治エリートへの反発」をただのポピュリズムと片付けてすむものではない
2016年02月26日
アメリカ大統領選の予備選レースが幕を落とした。州ごとに行われる予備選または党員集会は、最初がアイオワ州、次にニューハンプシャー州と伝統的に決まっているが、その2州が終わった段階で、半年前には誰も予想していなかった顔が共和党ではトップに立ち、民主党では本命候補を猛追している。
「異色の候補」「常識外れ」「アウトサイダー」といった言葉がメディアに踊るが、いったい何が異例なのか。
ニューヨークのマンハッタン島西端、ハドソン川の岸辺に面した地区に、高層マンションが立ち並ぶ一角がある。大リーグで活躍した著名な日本人選手も住んでいる高級コンドミニアムで、多くの住戸の売値は日本円で数億円に上る。
重厚でスノッブな玄関ホール入り口の上には、こう記されている。
「トランプ・プレイス」
トランプ氏と聞くとニューヨーカーたちはみな、大富豪の同氏が経営する企業による、この華美な富裕層向け高層住宅ビル群や、五番街など一等地に立つ高層ビル「トランプ・タワー」を思い描く。同時に、頭に浮かぶのはテレビ画面に大きく映される不自然な金髪と、下品だが人の心をつかむ話術である。
「ユアー ファイアード」(おまえはクビだ)。応募者を見習いとして働かせて採用者を決める「アプレンティス(見習い)」という番組でのトランプの決めぜりふだ。リアリティーテレビと呼ばれる種類の番組で、このホストとして当意即妙の話術を鍛えたとされる。
WEBRONZAの筆者でもある在米の冷泉彰彦氏は以前、トランプ氏を例えて「日本で言えばデヴィ夫人」のような存在と形容していた。俗耳に心地いいタブーをあえて口にするところなどは確かに似ている。
暴論を吐いて一部の人の共感を得る芸能人、テレビ出演でマスに向けた人心掌握術をおぼえて政界進出を果たした政治家、ホテルなど不動産で財を成した企業の社長。このあたりを足し合わせたようなキャラクターがトランプ氏だと言えるだろう。そんな人物が世論調査で共和党の先頭を走り続け、現実にニューハンプシャー州やサウスカロライナ予備選では得票率一位となった。いつか失速すると多くのメディアに酷評されて、すでに数カ月以上が経っている。
一方の民主党でも、異端とされる人物が、民主党予備選レースの台風の目となっている。
上院議員バーニー・サンダース氏は本命ヒラリー・クリントン氏を猛追し、2月9日のニューハンプシャー予備選では、地元に隣接する州とはいえ、22ポイント以上の差をつけて圧勝した。彼は「民主社会主義者」を自称し、米国上院で初の社会主義者だとされている。
戦後ずっと社民党(旧社会党)や共産党が国会に議席を持ち続けている日本とは異なり、米国で社会主義者といえば明らかに異端のイメージだ。ソーシャリズムという言葉は、まるで差別用語やタブー語のように「Sワード」と表現されることすらある。サンダース氏自身は、バーモント州バーリントン市で4期8年、市長を務めた後、連邦上下院議員に選出されている経験豊かな政治家だが、大統領選への出馬を表明した当初は、誰もが泡沫候補と考えた。
ビリオネアのテレビ芸人か、それともソーシャリストか。アメリカ大統領選が、その二者択一となったとしたら。それは確かに異例だろう。
彼らが支持される理由は何か。同僚記者らや筆者が各地で集めた支持者たちの声を聞いてみよう。
まずはトランプ氏の支持者。
「選挙費用を自分で払っているから、普通の政治家と違って誰にも借りがない。しがらみ無く改革を断行できるはずだ」―消防士(23)
「彼は不動産帝国を築いたビジネスマン。その事実だけで巨額の借金を抱えたこの国の大統領に就く資格がある。職業政治家ではない大統領の方が変化を起こせる」―電気技師(32)
そして、サンダース氏の支持者。
「まじめに働いているのにお金が手元に残らない。娘が歯科医になりたいというが、学費を払う余裕がない。娘はもう夢を追いかけられない」― 男性(48)
「学生の多くは恐ろしいほどの学費ローンを抱えている。共和党と民主党がおきまりの勝負をするのはもう十分。サンダースなら、古いものを壊して新しい何かを作ってくれそう」―大学生(21)
こんな声や世論調査の結果から導かれるのは、トランプ氏、サンダース氏の支持者たちがある種の「共通点」を持っているという事実だ。両候補に惹かれる人々は、現状に不満と不安を抱いている。そして、既存の政治はその現状を打開できず、信用するに値しないと考えている。実際、トランプ氏とサンダース氏のどちらを支持するか、悩んでいるという有権者の話も耳にする。
これほど多くの国民が大統領選の結果を左右するほどの巨大な不満をため込んでいる、その理由はもちろん単一ではない。これを仮に社会の病理にたとえ、原因を大きく二つに分類するならば、一つは先進各国がほぼ同時に罹患している流行病だと言えるかもしれない。
各国共通の疾病を一言で言えば、経済のグローバル化に伴う格差拡大と中間層のやせ細りである。他の先進諸国と比べれば、アメリカの各種経済指標は比較優位にあるが、その恩恵にあずかる層は偏在している。
サンダース氏が演説でしばしば取り上げるように、米国の上位20人は下位の50%と同じだけの富を所有しているとされる。世界経済フォーラムが「2015年に世界が直面する重大問題」を各界識者1700人に聞いたところ、トップはやはり「格差拡大」だった。
政治的安定には、分厚い中間層の存在が欠かせない。一握りの勝者と、それ以外の人々。その割れ目が広がり続けると、政治的主張もまた極端なものへと二分化していく。欧州など他地域でも見られる現象だ。トランプ氏やサンダース氏の支持者たちの声から、この傾向を窺うことは難しくない。
そしてもう一つは、米国自身が建国以来、その身に抱え込んでいるマグマのような熱病である。政治的主張は大きく隔たっているようにみえても、両氏の支持者たちの思想には通底するものがある。それは、エスタブリッシュメント(主流派)、つまり政治エリート支配への「ノー」だ。
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