家族が責任を負うかどうかは、個別の事情を総合的に判断して決まる
2016年03月11日
1.認知症高齢者が線路内に立ち入り電車にはねられて死亡した事故をめぐり、JR東海と高齢者の家族が争った事件に関する最高裁判決が注目を集めている。事故の概要と裁判の経過は次のようであった。
第1審の名古屋地裁(平成25年8月9日)は、Aさんには判断能力がなかったとした上で、その妻に民法709条に基づく賠償責任を認めた。また、Aさんの財産管理を事実上引き継ぎ、また、介護の方針等を決めるのに主導的立場にあった長男については、民法714条の法定監督義務者に準ずる者として、責任を認めた。これに対し、控訴審である名古屋高裁(平成26年4月24日)は、長男の責任を否定したが、民法752条の夫婦相互の同居・協力・扶助義務などから、妻を民法714条の監督義務者として、その責任を認めた。ただし、判決は、賠償額を請求額の半分としている。これに対し、家族の側とJR東海の側の双方から上告がなされていた。
超高齢社会の現代、認知症やその介護の問題は、「明日はわが身」の思いの人も多い。そのため、この問題について最高裁がどのような判断を示すかについての社会的関心は極めて高く、判決翌日、新聞各紙は一面トップで最高裁判決を報じた。以下では、この判決を読み解くことによって、この問題が投げかけている課題について考えてみたい。
2.まず前提として、この種の問題について民法がどのように規定しているかを見てみよう。事故を起こした人が幼児だったり、今回のように認知症などの精神的障害により自分の行動から生じる法的な責任について認識する能力(責任能力という)を欠いていた場合、その人自身は賠償責任を負わない(民法712、713条)。その場合、その人を監督すべき義務を負っている人(法定監督義務者)がいれば、その者の責任が問われることになる(民法714条)。この責任について、幼児の場合の親権者などについては、これまで重い責任が課されてきた。監督義務者は自分に監督上の落ち度がなかったことを証明すれば責任をまぬがれるが、裁判において監督義務者が責任を免れることは稀であった。
最近、小学生が学校のグラウンドでサッカーの練習中に蹴ったボールがグラウンドの外に飛び出して、近くを通りかかった人が事故にあうという事件があった。この事件で最高裁は、親の民法714条責任を認めなかった(平成27年4月9日)。しかしこれは、子どもが校庭でサッカーの練習という社会的に何ら非難されることのない日常的な活動をする中で生じた事故であり、必ずしも子どもの不法行為に関する親の責任を一般的に制限したものとはいえない。
しかし、認知症高齢者を介護している家族に、そのような重い責任を負わせて良いかどうかには疑問もある。ただ、それでは家族は責任を全く負わないのか。もしそうなると、認知症高齢者など、精神的障害により判断能力のない人の行動が原因となった事故に誰も責任を負う者がいなくなってしまい、被害者救済に欠けることになる。今回の事故で発生したのは、電車の遅れなどによる財産的な損害であり、また、一つ見方を変えれば、加害者と被害者の立場が入れ替わる(JR東海の電車によってAさんが死亡したと考えると、加害者はJR東海でAさんは被害者と考えられなくもない)ケースである。しかし、もし、判断能力のない人の行動で、死亡事故のように深刻な人身被害が生じたような場合を考えてみると被害者救済も重要である。
3.最高裁は平成28年3月1日、以下のように述べてAさんの妻と長男の責任を否定し、JR東海の請求をしりぞける判決を言い渡した。判決は次のように言う。Aさんの妻や長男は民法714条の法定監督義務者にはあたらず、また、法定監督義務者に準ずる者が714条の責任を負うことはあるが、「法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かは、その者自身の生活状況や心身の状況などとともに、精神障害者との親族関係の有無・濃淡、同居の有無その他の日常的な接触の程度、精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関わりの実情、精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容、これらに対応して行われている監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮して、その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべきである」。しかし本件では、Aさんが第三者に対して加害行為を行わないように「監督することが現実的に可能な状況にあったということはできず、その監督義務を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない」ので、Aさんの妻や長男は責任を負わない。
5人の裁判官の一致した結論であるが、
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