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[5]情況証拠しか存在しない事件では死刑回避を

足利事件の再鑑定の結果が出る前に死刑が執行された飯塚事件の死刑囚

瀬木比呂志 明治大法科大学院教授

  第三の疑問としては、すでに連載の第3回の末尾でも触れたが、「死刑は、冤罪であった場合には取り返しがつかない。国家が罪のない人を殺してしまったことになるが、それでよいのか?」ということがある。

 おそらく、この疑問が、最も反論の余地の小さい死刑廃止論の根拠になるだろう。連載の初回で言及した団藤教授も、死刑廃止論者となった理由として、明治時代以降無実の罪で処刑された人々が少なくなかった可能性が大きいことを挙げている。

 無罪率が異常に低く、検察が有罪にこだわり、刑事系裁判官の多くが検察官に同調しており、したがって冤罪率も高いと思われる日本(『ニッポンの裁判』第3章、『絶望の裁判所』68頁)においては、この疑問は、ことに大きなものとなる。

 実際、死刑確定後に再審で無罪となった事件が4件もあり、実際には無罪である事件の数はずっと大きいのではないかということをうかがわせるに十分である。

  その4件とは、免田事件、財田川事件、島田事件、松山事件であり、逮捕から無罪判決までに約29年ないし35年がかかっている。これらの人々の人生はほとんど奪われたも同然だ。ひどい話ではないだろうか?

久間三千年元死刑囚の再審請求棄却を受けて記者会見する弁護団=2014年3月31日、福岡市中央区久間三千年元死刑囚の再審請求棄却を受けて記者会見する弁護団=2014年3月31日、福岡市中央区
  さらに、有罪判決の決め手とされたDNA型鑑定が誤っていたことから再審で無罪とされた足利事件と同様の手法によるDNA型鑑定がやはり重要な、おそらくは決定的な証拠とされたと思われる飯塚事件(女児2人の殺害事件)につき、全面否認を続けたが死刑が確定した死刑囚久間三千年氏の刑がすでに執行されてしまったという恐ろしい事実がある(『ニッポンの裁判』82頁。清水潔『殺人犯はそこにいる――隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』〔新潮社〕に基づく記述)。

 もしもこの人物が無罪であったなら、国家は、この人物の生命と名誉を文字通り奪い去ったことになる。これは、国家が絶対にしてはならないことの筆頭に挙げられるべき事柄である。

 なお、久間氏の死刑執行後に行われた再審請求については、福岡地裁2014年(平成26年)3月31日(平塚浩司裁判長)が棄却の決定をしている。この決定についての疑問をも含め飯塚事件についてまとめ直した清水氏の文章が「新潮45」2014年7月号108頁以下に掲載されている。

  その文章によると、2008年10月16日に「足利事件DNA再鑑定へ」との報道がされた直後の同月28日に飯塚事件の死刑が執行されている。足利事件の再鑑定の結果が出たのは2009年4月である。

  なぜ先のような微妙な時期にあえて死刑を執行してしまったのか? 足利事件の再鑑定

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