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「保育園落ちたの私だ」問題を考える(上)

あまりにも身近で切実な問題がこうも理解されないのか。怒りの底には歯がゆさがあった

仲村和代 朝日新聞社会部記者

投稿の翌日、ブログを読んだ

 「保育園落ちた日本死ね!!!」

 過激な言葉で怒りをぶちまけた匿名のブログが、ここまで大きな反響を呼ぶことを、誰が予想していただろう。

 ブログを機に始まった保育制度の充実を求めるネット署名は、1週間もたたないうちに約2万7千人分が集まった。国会では連日、待機児童問題が取り上げられている。安倍首相は、保育士の待遇改善の具体策を今春に示す方針を明らかにした。

 ブログが「はてな匿名ダイヤリー」に投稿されたのは、2月15日だ。

 《何なんだよ日本。一億総活躍社会じゃねーのかよ。昨日見事に保育園落ちたわ。どうすんだよ私活躍出来ねーじゃねーか。子供を産んで子育てして社会に出て働いて税金納めてやるって言ってるのに日本は何が不満なんだ? 何が少子化だよクソ。子供産んだはいいけど希望通りに保育園に預けるのほぼ無理だからって言ってて子供産むやつなんかいねーよ。》

 私がブログを読んだのは、投稿の翌日。同年代の女性のフェイスブックに、共感する書き込みがあったからだ。私自身は、「日本死ね」という激しい表現があまり好きになれず、静観していたが、その後もたびたびシェアされているのを目にした。

ネットでは怒りが渦巻いた

「保育園落ちたの私だ」などと書かれた紙を掲げて立つ人たち=3月5日、東京都千代田区の国会議事堂前拡大「保育園落ちたの私だ」などと書かれた紙を掲げて立つ人たち=3月5日、東京都千代田区の国会議事堂前

 2月29日。民主党の山尾志桜里議員が国会でこのブログを取り上げた。それに対し、安倍首相は「匿名である以上、実際本当に起こっているか、確認しようがない」と答弁。議場は「誰が書いたんだよ」「中身のある議論をしろ」とヤジで騒然となり、あげくの果てに、「うざーい」という声も飛んだ。

 この対応に、ネットでは怒りが渦巻いた。

 「 #保育園落ちたの私だ 」。ブログに自らを重ね合わせる人たちが、ハッシュタグと共に次々と自分の窮状を書き込み始めた。

 《往復3~4時間かかるような所には空いてても預けに行けない。今逃すと正社員枠無くなってしまう》《2人の子を同時申込したら、上の子だけ入園許可で下は待機児童に。でも『上の子を入園させた以上、2ヶ月以内に仕事を見つけないと退園』だと。やっと見つけた一時保育は時給より高い保育料。何の罰ゲーム?》

 《病気を抱えて治療してるはずが根本的な療養ができないので一進一退どころか進まない。痛くて苦しくても療養という名目では保育園へはだめ。医療費もかかり働けるわけではないのでお金をかけて認可外へ預ける余裕はない》

 《みんなでママさんパパさんの悲痛な声を世間にもっと知らせたらいい。本当に応援したい》

 保育園に入れなかったという、狭い意味での「当事者」だけではない。様々な「私」が、待機児童問題を「わがごと」としてとらえ、声をあげていた。

 これは、大きな動きになる。そう直感し、遅ればせながら取材をすることにした。

ブログを書いた当事者に連絡を取った

3月5日の国会前。コールやスピーチはなく、集まって雑談するだけのゆるやかな抗議行動だった拡大3月5日の国会前。コールやスピーチはなく、集まって雑談するだけのゆるやかな抗議行動だった

 ブログを書いた当事者は、「このブログの中の人です」と名乗り、ツイッターを始めていた。連絡を取ってみると、間もなく返信があった。

 メールによると、投稿者は都内在住の30代前半の女性。夫とまもなく1歳になる息子と暮らす。事務職の正社員で、両親は遠方に住んでいるため頼れない。保育園が見つからなければ、仕事を辞めなければならないという。

 ブログを書いた時の心境を、こう説明した。

 《あの時は働かなくてはいけないのに保育園に落ちてしまいその怒りの感情の思うがまま独り言のつもりで書きました。愚痴を書き込んだような物です。当初反響とかは全く考えていなくちょっと話題になった時に、まぁこの時期だからみんなもそう思うよね位にしか思っていませんでした》

 直接、もしくは電話で話を聞けないかという依頼は、断られた。

 《実際に表に出て発言する人はすごいと思います。実際に行動して政治を変えていっていますし。私自身言っても無駄だと諦めてた部類の人間なので。私自身は表で活動する気はありませんね。最初あの文章が皆様の目に止まっただけですし、そんな何か出来る大層な人間でもないので。あと今更実際に表に出るのは恐いですね。当然入りがあの口調の文章ですから心ない言葉や批判を言ってくる方も多いですし。元々何か思想がある訳でもないですし。》

 メールのやりとりだけでは、「彼女」が本当に当事者かどうかを確認することはできなかった。ただ、彼女が書いた言葉に多くの人が自らの境遇を重ね、共感した人たちが数多くいたことは間違いない事実だ。

 《文章が匿名かどうかよりも中身の待機児童問題自体について具体的にどうしていくかを議論して欲しかったですね》と「彼女」は書いた。

ネットから「リアル」へ

 動きは「リアル」の場にも広がった。

 3月5日、午後。国会前に、「保育園落ちた」人たちが集った。赤ちゃん連れ、子育てを終えた人、これから子育てをする人。「保育園落ちたの私だ」という紙を手にしている他はまとまった行動はなく、コールもスピーチもない。ただ集まって雑談をしている。

 品川区の会社員の男性(36)は、妻(29)と5カ月の息子と共にやってきた。「ネットでヤジのニュースを見て、腹が立って。区に不服申し立てをする前に、『自分はここにいる』と示したかった。これで何かが変わると期待してるわけではないけど」。これまで、デモはどちらかといえば冷ややかな目で見ていたが、「自分の問題だから黙ってはいられなかった」という。

 この日の行動のきっかけを作ったのは、大田区の会社員、倉橋あかねさん(52)。すでに子ども2人は成人しているが、ブログを読み、「20年前の私だ」と思ったという。

 1人で行くつもりで「国会前に行きます」とツイッターでつぶやいたところ、賛同者が広がった。政権批判をしたかったわけではない。もう何十年もの間、放置されてきた待機児童問題を、きちんと議論してほしいという思いだった。「こんなに集まってくると思わなかった。ちゃんとここにいるっていわないと、無視されるよと伝えたい」。

 個人が発信し、つながって、それが大きなうねりとなってリアルの場に反映されていく。ネットがあるからこそ、ここまでの速さで動いていったのだと思う。政治に希望を持てず、「声をあげても無駄」とあきらめている人も少なくないかもしれない。だが、確実に世論は動き始めている。

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筆者

仲村和代

仲村和代(なかむら・かずよ) 朝日新聞社会部記者

1979年生まれ。京都大学卒業後、2002年朝日新聞社入社。大分、長崎、福岡などを経て、現在は東京本社社会部。