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「保育園落ちたの私だ」問題を考える(中)

保育士不足こそが待機児童を生み出す大きな要因。根本的な解決のための議論をしよう

仲村和代 朝日新聞社会部記者

「ハコ」はあっても保育士が足りない

国会議事堂前での抗議行動で「保育園落ちたの私だ」と書かれた紙を持つ人たち。男児の上には「落とされたのオレだ!」の文字も=3月4日、東京都千代田区  

拡大国会議事堂前での抗議行動で「保育園落ちたの私だ」と書かれた紙を持つ人たち。男児の上には「落とされたのオレだ!」の文字も=3月4日、東京都千代田区

 待機児童と聞いてイメージするのは、「保育所が足りない」ことだろう。土地が見つからない、騒音への苦情から保育所を作れないといった問題は、これまでも報道されてきた。

 だが、いま、待機児童を生み出す大きな要因となっているのが、保育士不足の問題だ。保育所の「ハコ」はあっても、保育士が足りないために子どもを受け入れられない事態が、各地で起き始めている。

 待機児童数(昨年4月時点)が東京都世田谷区に継いで全国で2番目に多い千葉県船橋市。実は、待機児童1067人のうち、288人が「保育士不足によって生じた待機児童」だ。市によると、27ある公立保育所で、昨年度まで228人いた臨時任用の職員が、173人しか集まらなかったという。新しい保育園がどんどんでき、人材が流出したとみられている。

 市は、臨時任用の保育士の時給を1220円から1510円に上げる緊急対策をとった。来年度は正規職員の募集を例年の30人程度から倍以上に増やす予定だが、保育士を確保できるかのめどはまだ立っていないという。

 沖縄県では昨年10月時点で、那覇市など12市町村の38施設で、保育士が65人足りず、211人が待機児童になっていたことが、県の調査でわかった。県の担当者は「毎年、千人ほどが新たに保育士になるが、給与の低さや多忙さを理由に離職する人が多い。蛇口をひねっても抜けていく感じだ」と話す。

 首都圏や東海地方を中心に、保育所など224施設を運営する業界最大手のJPホールディングス(名古屋市)も、保育士の採用が追いつかず、園児数は本来収容可能な人数の85%にとどまっているという。

保育士の待遇

 保育士不足は、「質」にも影響する。首都圏のある民間の認可保育園長は「保育士を派遣する複数の会社に高い紹介料を払っても、人が来ないのが現状。以前だったら採用しなかったような資質の人でも、資格があれば雇っている」と明かした。

 自治体や企業は、家賃補助や就学資金援助など、保育士獲得のための様々な対策を打ち出し、自治体間の「獲得合戦」も激しさを増している。

 なぜ、こんなに足りないのか。

 保育所の数そのものが増えているのも一因だが、それだけではない。指摘されているのが、保育士の待遇の問題だ。

 厚労省によると、民間保育所の保育士の給与の平均月額は21万9千円で、全職種の平均月額より約11万円低い。資格はあっても働いていない「潜在保育士」が、約80万人いると見込む。

 都内の女性(27)はその「潜在保育士」の1人だ。2年前、流産をきっかけに、働いていた認可保育所を辞めた。

 働いていた都内の認可保育所は、英語や体操のプログラムがあり、地元で人気だったという。だが、労働環境は厳しかった。早番として午前7時半に出勤し、閉園する午後8時半まで保育をすることもしばしば。それでも、時間内に事務作業が終わらず、仕事を持ち帰った。妊娠中に体調が悪くても、「仕事を替わってほしい」とは頼めず、無理が続いた。年度途中で辞めていく保育士も多かったという。

 退職後に子どもを授かり、今は1歳の息子の子育てに専念している。元々は、息子が1歳になったら復職を考えていた。だが、息子は持病があることもあり、預け先が見つからない。以前の多忙さを思い出すと、「子育ての両立は難しいのでは」とちゅうちょしている。

 「子どもと向きあう仕事はやりがいがあった。せめて、仕事に見合った給与が支給されないと、人手不足は解消されないのでは」

ダブルワークと非正規

 給与が低いため、ダブルワークをしたことがあるという人もいた。

 神奈川県内の40代の保育士の女性は、保育士として20年以上の経験があるが、手取りは19万円ほど。シングルマザーで、生活費をまかなうため、職場には内緒で土曜日の朝6時から11時間、工場でアルバイトをしたこともある。「体がきつくて、保育時間中も集中できなくてこわかった。今も本当はやりたいけど、体がもたない」。専門学校時代の同級生の大半は、子育てを機に仕事を辞め、いまも保育士として続けているのは2人だけだという。

 地方では、別の問題もある。求人はあっても、ほとんどが非正規なのだ。

 新潟県内の公立保育所で働く非正規雇用の保育士の女性(27)は、首都圏の大学を卒業して東京都内の幼稚園でしばらく働いた後、地元の公立保育所に臨時職員として採用された。当時、月給は手取り10万円に届かないことも。その後、試験を受けて年契約になり、担任も任されるようになった。日中の仕事はほとんど正規職員と変わらないが、フルタイムで働いて手取りは12万円台。実家暮らしだが、車にかかる費用などで生活はギリギリだ。

 地元では、正規採用の求人はほとんどない。同僚は、結婚して夫の給与で生活が保障されている女性ばかり。最近も同年代の保育士が辞めた。

 「子どもの命を預かっているのに。せめて同じ正規職員と水準の給与を保証してほしい。結婚もしたいけど、貯金すらできない」。お金を貯めるために、1年だけ離職し、時給の高い別の仕事をしようかと悩んでいるという。

 「元々女性の職場だから、安く見られているのではと思う。仕事は好きなのに、気持ちもお金も追いつかない」

 こうした例は、決して珍しくない。「手取り10万円台」「サービス残業と持ち帰り仕事は当たり前」「子どもの遊び道具や備品は自前」「睡眠時間3~4時間」といった話を、様々な保育士から聞いた。男性保育士の「寿退社」もよく話題にのぼる。結婚を機に、家族を養うために男性が離職してしまうのだ。

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筆者

仲村和代

仲村和代(なかむら・かずよ) 朝日新聞社会部記者

1979年生まれ。京都大学卒業後、2002年朝日新聞社入社。大分、長崎、福岡などを経て、現在は東京本社社会部。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです