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行政は、手話言語法の必要性を意識した対応を

手話を言語として認め、ろう児童のアイデンティティーを育てよう

田門浩 弁護士

 手話とは、手の動きや表情など目に見える表現を用いてコミュニケーションを図る視覚言語である。聴覚障害者には、手話を用いて世の中の出来事をお互いに知らせたり、自分の感情や意見を伝え合ったりしている人が相当数いる。このような人々を「ろう者」と言う。

手話言語法・田門原稿につく写真手話で「I LOVE YOU」=白井伸洋撮影
 手話には音声言語と異なる独自の語彙・文法体系がある。一つ例を見ていこう。「りんごを12個拾いました。これを4人で同じに分けると一人分は何個になるでしょうか。」という内容の質問を、手話にしてろう者に伝えようとするときに、手話単語を日本語と同じ語順のままで並べると、ろう者にはなかなか通じにくい。そのような場合は、個々の手話表現を、「りんご 12 拾った 4人 分ける 同じ 一人 いくつ?」というように語順を変えるとともに、助詞「を」などの機能語を表すために、指さしを加えたり、非手指動作である「顔の表情」「頭の動き」などを示したりして伝えると通じやすい。これが手話独自の文法体系の一例である。このような手話独自の語彙・文法体系を利用するのが、ろう者の認知の負担や表現にかかる労力が少なく、自然なコミュニケーションが図られるのである。

 ところが、昔は、手話に対する理解が十分でなく、語順がおかしい、とか、助詞が使われていない、とか言われて正当な言語として扱われていなかった。ろう児童を集めて専門的教育を行う場が「ろう学校」であるが、そこでは、手話の使用は禁止され、ろう児童が手話を表そうとすると、教師がすっ飛んできてその手のひらをピシャッと叩いて手話を禁止するのは珍しいことではなかった。それでも、子どもたちは、教師のいないところでこっそり手話を交わして話していた。このように、自分にとって自然なコミュニケーション方法が禁止されていたために、ろう児童は、自分に対する肯定感、すなわちアイデンティティーを育てるのに苦労せざるを得なかった。

手話教育の実践が少ない現在のろう学校

 現在は、さすがに手話の使用は禁止されていないが、それでも、100校以上あるろう学校で公的に手話の独自の語彙体系、文法体系を用いて教育をしているのは、わずか1校だけであり、それ以外のろう学校ではごく一部の教師によって行われているのみである。文部科学省が定めた学習指導要領にも、手話独自の語彙・文法体系についての記載が全くなく、ろう児童のアイデンティティーにも触れられていない。このため、手話言語法を制定して手話のもつ独自の語彙・文法体系を尊重し、手話を言語として認め、ろう児童のアイデンティティーを育てる必要がある。これに加えて、最近は、病院で耳の聞こえない子どもが生まれても、病院が手話について正しい情報を与えていないことがしばしば見られる。また、社会のなかにも手話通訳制度が十分ではなく自由に手話を利用できる状況ではない。これも手話言語法の制定が必要な理由である。

全地方議会での意見書採択は大きな力に

 2016年3月3日をもって、全ての地方議会において、手話言語法制定を求める意見書が採択された。各地方議会によって

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