人々に希望を注入する「装置」が壊れ始めた
2016年03月25日
舌がしびれそうなほど、甘い。チョコレートファッジとキャラメルがアイスクリームに混ぜ込んである。その名も、「アメリコーン・ドリーム」。アメリカンドリームとアイスクリームのコーンをかけた洒落である。「権利章典より甘く、ルイジアナ買収の2倍、キャラメルが入って……」などと米国史の必須用語を織り交ぜた解説が壁に貼られている。
バーモント州にあるアメリカの大手アイスクリームメーカー、「ベン・アンド・ジェリーズ」の工場を訪ねた。大統領選の民主党候補者選びで善戦するバーニー・サンダース上院議員を同社が応援し、「バーニーの熱望」と名付けたフレーバーを売り出すというので、出張のついでに物好きにも出掛けてみた。残念ながら、お目当てのアイスクリームは限定商品ということで手に入らなかった。
代わりにそこで売られていたのが、このアメリコーン・ドリームだった。何とか食べきってから、この甘い「米国の夢」と大統領選の関係を考えた。
前稿で、今年の米大統領選の「台風の目」となっている共和党のドナルド・トランプ氏と民主党のバーニー・サンダース氏の支持者たちを取り上げた。
https://webronza.asahi.com/national/articles/2016022200005.html
二人のアウトサイダーに惹かれる人々は、現状に強い不満と不安を抱き、首都ワシントンの既存政治家たち、いわゆるエスタブリッシュメントに反旗を翻しているかのようだった。では、その不満や怒りの根にあるものは何か。米国人は何に怒っているのか。
日本などの諸外国から見て分かりにくいのは、その欲求不満の中身だ。前稿では「経済のグローバル化に伴う格差拡大と中間層のやせ細り」が背景にあるとだけ書いたが、米国経済は他の先進諸国よりもはるかに順調に見える。ユーロ危機のリスクを抱え続ける欧州や、どう見てもデフレから脱却できていない日本と比べると、平均的な米国民の暮らしのどこに不満があるのか、表面上は見えにくい。
ここで鍵となる言葉が、「アメリカンドリーム」である。アメリカンドリームの一般的な語義は「建国の精神である自由と平等によって、勤勉ならば誰もが社会的に成功することができる」といったところだが、この言葉を聞いて一般的な米国人が想像するのは「郊外のプール付き戸建て住宅」と「退職後に悠々自適な生活ができる貯蓄や資産」だろう。
アメリカンドリームが象徴するある種の楽観主義には、しばしば驚かされる。
以前、ニューヨークでも最貧困層が集まるイーストハーレム地区で、食糧配給所の取材をしたことがある。ボランティア組織が無料で配るパンや果物などに行列を作っていた人たちに話を聞いたのだが、ある20代の黒人女性の言葉には虚を衝かれた。子ども3人を抱えて仕事も住む場所もなく、友人の家に転がり込んでいる無職のシングルマザーが、「いずれ将来はプール付きの家に住むのが目標なの」と曇りのない目で答えたのだ。
上述のような希望を語り、米国社会の機会平等を真摯に信じている人たちは、低所得層にも少なくない。いつかは誰もが成功する……。当然、それは米国社会でも文字どおりの「夢」に過ぎず、圧倒的大多数の貧困層はそこから抜け出せない。だが、わずかでも希望があるからこそ、ニューヨークの街角で多くの移民たちがデリバリーの配達員やタクシードライバー、ナニーと呼ばれる子守役やネイルサロン従業員となって、低賃金に耐えながら、このメトロポリスの社会的インフラを底支えしている。
堤未果氏のベストセラー「ルポ貧困大国アメリカ」が描くように、この国には激烈な経済格差があり、所得と富の不平等は極めて大きい。それにもかかわらず、人々に希望を注入する「装置」が、アメリカンドリームなのだ。自分は生まれた時よりも上の階層にはい上がることができる。そう信じることで、格差と不平等を米国に住む人々は受け入れてきた。
その装置が今、壊れ始めている。
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