国家機関による情報収集とプライバシー保護の対立は個人情報保護制度全体の問題だ
2016年03月25日
Appleがプライバシーのために米国連邦捜査局(FBI)と戦っているようだ。Appleが,iPhone5Cに関する連邦地方裁判所からの捜査に関する命令に異議を申し立てている事件(以下,「Apple対FBI事件」という)の一般的な理解は,そのようなものであろう。間違いではないが、ことはそう単純ではない。まして、同事件が我が国の個人情報保護制度にどのように影響するのか、ということを考えるためには、欧米の個人データ保護を巡る争いをも把握する必要があり、これもまた理解が簡単ではない。背景を含めて、なるべく分かりやすく伝えていこう。
さて、『対象端末』となっているのは、2015年12月2日に発生した、カリフォルニア州南部サンバーナディーノの障害者支援施設で起きた銃乱射事件(注2) の被疑者が所持するiPhone5Cである。FBIは、当該銃乱射事件とテロとの関係を疑っているとされており、そのため、対象端末のデータにどうしてもアクセスしたい。しかし、対象端末では、パスコードを10回間違えると、すべてのデータを消去する機能が有効になっている。これが、命令中に現れている「自動消去機能」である。要するに、裁判所は、自動消去機能が機能しないようにして、外からパスコードを総当たりで試せるような「合理的な技術的援助」を捜査機関(FBI)に提供せよ、とAppleに命じたのである。
Appleは命令に従うことを拒んだ。その理由は、Apple自身から”Customer Letter”という形で公表されている(注3) 。曰く、裁判所の命令に従った機能を備えたiOSを作成するということは、バックドアを作成せよということである。現在存在していない、セキュリティを解除できるバージョンのiOSを作れ、ということになる。FBIは本件の対象端末にしかこのiOSを用いないとしているが、正しいとはいえない。このような命令は、あらゆる扉を開けられる万能鍵を作れというのに等しい。レストラン、銀行、商店、個人宅まで、すべての扉を開けられる万能鍵である。誰もそのようなものは受け入れられないであろう。
つまり、本件命令に従って「合理的な技術的援助」を行なうということは、バックドアを備えたiOSを作成することに等しく、すべてのiOSのセキュリティを危険に晒すもので、それは受け入れられない、というものである。Appleは、必ずしも前述の銃乱射事件に非協力的であったわけではなく、召喚令状や捜査令状に対しては適切に対応しているとされる。テロリストへの怒りも表明している。しかし、いかに裁判所の命令といえども,すべてのiPhoneのプライバシー保護機能を無効化するようなiOSを作成せよということは、ユーザのプライバシーを保護する観点から受け入れられない、と主張するのである。
なお、Apple対FBI事件の審問は2016年3月22日に行われることになっていたが、FBIは,Appleの助力がなくともパスコードを解除できる可能性が現れたとして、審問の延期を求め、裁判所はこれを認めた(注4) 。本当にAppleの「合理的な技術的援助」なしにパスコードが解除できるのであれば、命令は不要になるので、事件そのものが終結する可能性がある。
(注1)In re Search of an Apple Iphone Seized During Execution of a Search Warrant on a Black Lexus IS300, Cal. License Plate 35KGD203, No. ED 15-0451M, 2016 WL 618401 (C.D. Cal. Feb. 16, 2016).
(注2)「米で銃乱射14人死亡,加州の障害者施設,容疑者2人射殺。」日本経済新聞2015年12月3日夕刊14頁。
(注3)Apple, A Message to Our Customers, Feb.16, 2016
(注4)「iPhone「ロック解除できる可能性」米司法省」朝日新聞DIGITAL 2016年3月22日、http://www.asahi.com/articles/ASJ3Q2R1DJ3QUHBI00N.html (2016年3月22日閲覧)。
Appleが反論しているように、FBIが求めている命令によると、あらゆるiOSの自動消去機能が無効化され,捜査のためにデータを取得できる可能性がある。このように,国家機関が無制限にデータを集められる、又は集めていたとして問題になったのが、米国国家安全保障庁(NSA)による監視問題である。もとより、NSAは国防総省の発行する国家安全保障書簡(NSL)を得て通信傍受を行なうこととなっていたが、
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