共働き家庭のために数を増やすのでなく、すべての子どものより良い発達を支えるために
2016年03月26日
認可保育所なら、まあ大丈夫。そんな風に思っている親も多いのではないだろうか。
白状すれば、私も1年ほど前までその程度の認識だった。だが、取材を進めていると、認可保育所であっても、安心して預けられる環境とはいえないところも少なからずあると感じるようになった。
「毎日、保育園から無事に帰ってくるかどうか、気が気でなかった。子どもも不安定になり、自分も精神的に追いつめられた」
都内のある認可保育所に子どもを預けていた保護者は振り返る。
この保育所は2015年春、認証保育所(都が独自の基準で補助金を支給する認可外保育所)から認可保育所になったばかりだった。ところが、年度当初から、保育士が次々に退職。保護者からは「掃除が行き届かず、ぜんそくが悪化した」「泣いても放置されている」「けがをしても報告がない」といった苦情が寄せられた。
自治体は、園長経験のある職員を毎日派遣。担当者は「こんなことは初めて。事故だけは起こしてはいけないと、ギリギリの対応をしてきた」という。
昨年5月以降は園児の新規募集を停止し、転園希望者にはポイントを加点する優遇措置をとった。待機児童を抱える自治体としては極めて異例のことだが、都心部ではどこも保育園はいっぱいで、簡単に移れるわけではない。仕事を辞めるわけにもいかず、不安を抱きながらやむを得ず通わせ続けていた保護者もいた。
混乱の背景には、運営会社の問題があった。
認可保育所になることが決まった後の14年末、運営会社の株式が譲渡され、経営者が変わった。それまで結んでいた別の会社とのフランチャイズ契約が打ち切られ、突然名前が変更されるなど、保育方針が急に変わった。
自治体の説明によると、大量退職の原因は「事業者本部と職員間のコミュニケーション不足」。保育士の1人は「子どものために残りたかったが、限界だった」と話した。系列の別の認証保育園でも、同じように保育士が大量退職し、休園した。
この会社の担当者は「できるだけ混乱させないよう努めてきたつもりだが、もう少しいい対応ができたのではと反省している」と話した。問題のあった認可保育園では、昨年10月以降は正規職員の退職はなく、4月入園の2時募集から募集を再開し、4月以降は定員を減らして運営を続けるという。
京都市では14年6月、保育資格のない職員が5歳児3人を園庭に投げ出し、うち1人が頭蓋骨を骨折する大けがをした。
市の調査報告書によると、当時、担当保育士が外勤になり、保育士資格を持つ職員は現場にいなかった。けがをした後、ぐったりとしていたのにも関わらず病院の受診までに3時間経っていたことや、保護者には当初、「転んだ」と説明されていたことも指摘された。この園では、労務管理などが不適切で保育士の離職率が高く、この時も1人欠員があったという。
茨城県取手市では15年1月、ある認可保育所で、保育士が0歳児に無理やりご飯を食べさせるなど不適切な行為をしていたことが発覚。この園は、12年に民営化されたばかりだった。会計処理のずさんさなども指摘され、運営する社会福祉法人が辞退すると届け出たため、来年度からは別の法人に委譲されることになった。
仙台市では14年7月、園児を水筒で殴って全治1週間のけがをさせたとして、保育士が逮捕された。子どもが吐いたことに腹を立てたという。宮崎市では15年2月ごろ、保育士が園児にはさみを向けて「陰部を切る」と注意するなどしていたことわかり、市が「虐待行為にあたる」として、保育所側に文書で改善を指導した。
こうしたことが小学校で起きていたらどうだろう。「小学校で先生が一斉に大量退職し、授業ができない」「先生が子どもを放り投げてけがをさせた」といったことが明るみに出たら、もっと大きな問題になっているのではないだろうか。保育園でも、「1件もあってはならない事案」だ。まして、小さな子どもは何かあっても、訴えることすらできないのだ。
保育関係者からは、保育所の急増と保育士不足による「質の低下」が、こうした事例の背景にあるのでは、とたびたび指摘される。
ある保育所運営会社の代表は、「最近、数を増やすことが優先され、認可の審査が甘くなっているのではないか。かなりずさんな業者も参入している」と話した。
審査する側からも、懸念の声があがる。
ある自治体の担当者は「保育士の配置や面積など、認可の基準をクリアしてさえいれば、『不安があるから認可しない』とはできない。また、一度認可してしまうと、取り消すことは難しい。一方で、基準を厳しくしてしまうと参入のハードルがあがり、量を増やせなくなる」。審査に関わったことがある保育の専門家も、「書類上、基準をクリアしていれば、認可せざるを得ない。話を聞いていて、不安を感じることはあり、『この点は改善してほしい』と意見を付記することもある」と明かした。
2015年に始まった「子ども・子育て支援新制度」について話し合う政府の「子ども子育て会議」で会長を務めた無藤隆・白梅学園大学教授はこう話す。
「保育の質がどうなっているかの判断は難しく、平均で議論をしても意味がない。大幅に数が増えた結果、通知表でいえば『5』のところも増えたが、『1』や『2』も出てきているかもしれない。ただ、全体からいえば、質の低い園はそれほど多くはない。今はまず、数を確保しなければならない時期。最低基準をクリアした業者には参入してもらい、研修などを通じてレベルアップを図るべきだ。自治体による情報公開の仕組みや、チェック機能はまだ十分とはいえない。強化して底上げを図るべきだ」
3月23日、待機児童解消を求める院内集会が開かれた。その場に、娘を保育園での事故で亡くしたさいたま市の阿部一美さん(37)の姿があった。
阿部さんは2009年6月、長女を授かった。認可保育所に入れず、育児休業を延長。それでも入れなかったため、さいたま市が独自に認定する「ナーサリールーム」という認可外保育施設に預けていた。お昼寝中にうつぶせ寝の状態で亡くなっているのが発見されたのは2011年2月、1歳7カ月の時だった。5日前、「4月から認可保育所に入れる」という通知を受け取ったばかりだった。
阿部さんは集会で、国会議員らを前に、涙をこらえながら訴えた。
「いま、息子は認可保育所にお世話になっていますが、同じ保育園なのにこんなにも違うのか、こんなに差があっていいのかと、悔しく思っています。事故の背景には、労働環境が不十分で、保育士さんたちに負担がかかっていたこともある。保育園は入れたら終わりじゃなく、小学校入学までの長い時間、毎日生活するところ。規制緩和をして数を増やすのではなく、質の問題をきちんと考えてほしい」
阿部さんは、その後に生まれた長男の保育所探しでも、苦労した経験がある。それでも、「数を増やせばいいという問題ではない」と話す。事故の背景には、人的に余裕がなく、子どもたちの昼寝の間に事務作業をこなさなければならないという事情があったのではと考えているからだ。「労働環境が整っていないと、目の前の子を見るより、その日その日をこなすことで精いっぱいになってしまう。事故が起きてからでは遅い」と語る。
量か、質か。悩ましい問題、といいたいところだが、その問題設定自体がおかしい、と私は思う。どちらも大切に決まっている。
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