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虐待を引き起こす老人ホームの“ワナ”

~川崎市の施設の転落死事件から考える~

長岡美代 介護・医療ジャーナリスト

 神奈川県川崎市の介護付き有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」で2014年、入居者3人が立て続けに転落死した事件。今年2月、元職員(23歳)が男女2人を殺害したとして逮捕・起訴されたが、ついに最後の入居者への殺害容疑でも先ごろ、再逮捕された。

「老人ホームに入居させるのが怖い」

 あまりの衝撃に、要介護の親をかかえる家族からこんな声も聞かれる。介護業界に向けられる目は厳しくなるばかりだ。

長岡原稿につく写真拡大有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」に捜索に入る神奈川県警の捜査員ら=2月19日
 元職員の動機解明が待たれるが、この施設で“異常な出来事”が起きていたことはあまり知られていなかった。相次ぐ転落死のみならず、高齢者が入浴中に溺死する事故や職員による窃盗、入居者への虐待も明るみに出た。

 介護職の入れ替わりも激しく、神奈川県公表の介護サービス情報によると、昨年8月時点の介護職員数(常勤、非常勤を含む)は41人だが、前年度の退職者数は21人にものぼる。約半数だ。

異変に対する組織としての対応が欠如

 いったい何があったというのか--。それを紐解く鍵になるのが、施設の親会社である「メッセージ」(岡山市)が昨年12月に公表した、学識者ら第三者による調査委員会報告書だ。他の施設でも虐待が次々に発覚した同社が、原因究明と再発防止策を検討するためにとりまとめたものだが、これを見ると一連の事件が起こるべくして起きたことがわかる。

筆者の著書拡大筆者の著書『介護ビジネスの罠』
 まず目を引くのが、川崎市の施設で当時2人体制だった管理者が、体調を崩すなどして相次いで休・退職に追い込まれていた点である。転落死が起きた直後から始まり、一時は「管理者不在」の期間もあったという。ちょうどこの頃、元職員は入居者の所持金を奪う窃盗事件を起こしているが、果たして偶然なのか。

 いずれにせよ異変が続いていたわけだから、リスク管理という点で組織的に何らかの対策がとられるべきだが、施設の運営会社やメッセージの幹部は問題視しなかった。それどころか入居者の転落死は当時の社長(メッセージ)に報告されていたにもかかわらず、対応は地区本部長に委ねるだけだったというから驚きだ。

 老人ホームでは入居者が誤ってベランダなどから落下する事故がときどき起きる。ただ、「2件も続いたら普通は『おかしい』と考え、徹底的に事情を調べて対策を講じるはず」と首をかしげる介護関係者は多い。そうすれば3件目は起きなかった可能性があるというのだ。

 しかし、報告書によれば、同社では事故や虐待の情報を組織的に吸い上げ、サービス改善につなげる体制ができていなかった。基本的に運営は施設に“任せきり”で、職員が問題を抱え込むことも少なくなかったという。

 現場では認知症に伴う入居者の徘徊や暴力などにどう対応すべきか悩むだけでなく、家族からの要求や苦情にも応えなければならない。ノウハウの蓄積があれば解決にも結びつきやすいが、同社では組織的な支援がないため、介護職が上司に相談しても適切な助言が得られないまま放置されることもあったという。それが結果的に虐待や事故につながった要因であるとも指摘されている。

 さらに法令順守の姿勢も欠けていた。介護事業者は事故や虐待が発生したら市町村に報告しなければならないが、それさえも徹底されていなかった。直営の275施設への調査では、過去2年間に入居者への暴言や拒絶的な態度など81件の虐待が新たに判明した。メッセージは売り上げで業界第3位を誇る大手だったが、その運営はお粗末としかいいようがない。

事業の急拡大で現場にしわ寄せ

 急速な事業拡大も現場を疲弊させた。同社は介護付き有料老人ホームにおける「入居一時金撤廃(ゼロ)」の先駆けで、

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筆者

長岡美代

長岡美代(ながおか・みよ) 介護・医療ジャーナリスト

一般企業で経営企画に携わったあと、介護現場を経て、高齢者の介護や老人ホーム、医療などの取材・執筆を続ける。介護保険が始まる前から追い続ける制度の動向も取材テーマの一つで、悪質業者の実態にも詳しい。近著に『介護ビジネスの罠』(講談社現代新書)がある。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです