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メドベデワ、シニア1年目でいきなり女王に

本田真凜、樋口新葉にもチャンス。目が離せない平昌五輪への道

田村明子 ノンフィクションライター、翻訳家

 フィギュアスケートのボストン世界選手権で、16歳の新女王が誕生した。ロシアのエフゲニア・メドベデワである。

 「とても信じられません。昨シーズンまで、まだジュニアだったのに」と会見で、瞳をきらきらと輝かせながら喜びを表現したメドベデワ。まだあどけない表情が残る中、世界のトップアスリートらしい清楚な気品も感じさせる。

優勝したエフゲニア・メドベデワ拡大優勝したエフゲニア・メドベデワ
 彼女の言葉通り、彼女は2015年の世界ジュニアチャンピオンだった。そしてそのわずか1年後、世界女王になったのである。

 ジュニアチャンピオンが翌年にシニアでも世界チャンピオンになったのは、実はメドベデワが初めてだった。

 予感がなかったわけではない。シニアデビューした今シーズンのはじめから、メドベデワの勢いは尋常ではなかったからだ。

 10月には初出場のスケートアメリカ(グランプリシリーズ)で優勝し、進出した12月のGPファイナルで並み居るベテランたちを退けてタイトルを手に。

 女子では世界一苛酷な国内戦とも言われるロシア選手権、そして1月の欧州選手権と、次々と大きな大会で優勝していった。

 このままの勢いでは世界選手権も持って行きそうだな、と大方の関係者は予測していた。

ジュニアとシニアの壁

 だが従来、ジュニアとシニアの壁は決して薄いものではなかった。

 フィギュアの関係者がよく使う、Junior-ishという造語があるが、これは「まだジュニアっぽい」という意味である。

 若手がどれほどジャンプを跳んでも、まだ滑りは「ジュニアイッシュである」とされ、芸術点がぐっと抑えられるということが普通だった。

 メドベデワと同じく2015年世界ジュニアチャンピオンになった宇野昌磨は、シニアデビューの今季、こう口にした。

 「ジュニアで勝ち取ったものは、実績には残るかもしれないけれど、シニアになったら特に関係ない。ジュニアはジュニア、シニアはシニア。シニアが本番だとぼくは思っています」

 ボストン世界選手権ではジャンプの失敗もあって7位に終わり、悔し涙を流した宇野。だが初挑戦で7位というのはかなり優秀な数字なのである。

 高橋大輔は初挑戦の世界選手権で11位、パトリック・チャン(カナダ)は9位だった。かつてはジュニアからシニアに上がって初挑戦の世界選手権で10位以内に入れば、将来は世界チャンピオンになる資質ありと言われていた。翌年は6位、4位、そしていよいよ表彰台へと進んでいくのが普通のコースだったのだ。

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筆者

田村明子

田村明子(たむら・あきこ) ノンフィクションライター、翻訳家

盛岡市生まれ。中学卒業後、単身でアメリカ留学。ニューヨークの美大を卒業後、出版社勤務などを経て、ニューヨークを拠点に執筆活動を始める。1993年からフィギュアスケートを取材し、98年の長野冬季五輪では運営委員を務める。著書『挑戦者たち――男子フィギュアスケート平昌五輪を超えて』(新潮社)で、2018年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞。ほかに『パーフェクトプログラム――日本フィギュアスケート史上最大の挑戦』、『銀盤の軌跡――フィギュアスケート日本 ソチ五輪への道』(ともに新潮社)などスケート関係のほか、『聞き上手の英会話――英語がニガテでもうまくいく!』(KADOKAWA)、『ニューヨーカーに学ぶ軽く見られない英語』(朝日新書)など英会話の著書、訳書多数。

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