世界と日本の様々な系譜を受け継いで、大きな到達点へ
2016年05月11日
ほんとうは、もっと大きなニュースになっていい出来事だっただろう。
シーズン最後の「花試合」的一戦だった「コーセー・チームチャレンジカップ」(4月22~24日、アメリカ・スポケーン)にて、宇野昌磨が史上初めて、大技・4回転フリップに成功。しかもショートプログラム、フリープログラムと2夜連続での成功は、フィギュアスケート史に大きく刻まれる快挙だった。
1988年にカート・ブラウニング(カナダ)が、人類史上初の4回転成功。これは6種類のうち最も難度の低い、トウループでの成功だった。
続いて10年後の98年に、ティモシー・ゲーブル(アメリカ)が4回転サルコウを成功。
さらに13年後、2011年にブランドン・ムロズ(アメリカ)が4回転ルッツを成功。
6種類の4回転のうち、3種類で成功者が出てから、5年。世は4回転時代のまっただなか、残るフリップは、ループは、あるいはアクセルは、いったい誰が、いつ、成功させるのか? 今か今かと待たれていた中での出来事だった。
羽生結弦、ボーヤン・ジン(=金博洋、中国)、ケビン・レイノルズ(カナダ)など、2種類目、3種類目の4回転を習得中のジャンパーたちにとって、「世界初」のこの快挙は、喉から手が出るほど欲しいものだっただろう。
世界最高得点は、時代が移れば更新されていく。世界チャンピオンは毎年、オリンピックチャンピオンも4年ごとに増えていく。しかしこの「史上初成功」の称号は、どんなに時代が進んでも、決して消えることも埋もれることもない。試合での勝利、高得点の更新とはまた別の「史上初」という大きな記録を狙っていた選手は、世界中にいた。
それは現役で試合に出ている選手たちだけではない。2002年ソルトレイクシティ五輪で4回転ルッツに挑戦したマイケル・ワイス(アメリカ)、2010年の世界選手権で4回転フリップに挑戦した高橋大輔など、「前人未踏」に挑む選手たちの足跡は、4回転ジャンプの歴史が始まったころから綿々と続いている。
その大きな達成のうちのひとつが、まだ18歳の宇野昌磨によって成されてしまうとは!
初成功となった4月22日のショートプログラム後、日本国内のニュースがそれほど大きく扱わなかったのは「これが果たして
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