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問われる巨大ハコモノ整備「公共下水道工事」

甘い見積もりだった福岡県田川市では見直し、簡易な合併処理浄化槽を採用する自治体も

大矢雅弘 朝日新聞天草支局長

 道路やダムと並び、公共下水道整備事業も巨大な公共事業だ。国は半ば国策のように位置づけ、景気対策も兼ねて下水道整備を推進し、自治体もこぞって参画してきた。だが、トイレや生活雑排水の処理にはもう一つの選択肢がある。合併処理浄化槽は浄化能力でも下水道に劣らない。全国の自治体は、膨大な時間と費用がかかる下水道整備に頼らない汚水処理への転換期を迎えている。

 福岡県内の28市のうち、下水道を整備していないのは田川市と嘉麻市だけだ。田川市は2011年、人口の6割が集中する市中心部1075ヘクタールで30年かけて下水道を整備することを計画した。70年間に総額571億円を投入し、「5億4700万円の黒字」という想定だった。

  ところが、14年3月、佐々木允市議(現在は県議)が市議会で、企業独自に浄化槽を設けている大口排水事業者が、負担増が大きいにもかかわらず、100%接続するとしている点など市側の甘い見通しを追及した。佐々木市議はさらに同年6月、県と市の協議録(12年8月9日付)を取り上げた。県が「下水道事業まで開始すると一般会計が負担に耐えられず、破綻(はたん)するリスクも想定される」と指摘していることを明らかにしたのだ。

  地元での動きと前後して国は14年1月、未整備地域に対し、計画の見直しを求める新マニュアルを都道府県に通知した。新マニュアルには、未整備地域のうち、主要な場所は10年程度でおおむね整備を終わらせるという考え方が盛り込まれた。

  このため、田川市は基本構想を全面的に見直し、大口排水事業者を除くなど接続率を93%から80%に下方修正すると、事業開始から41年間で108億円の累積赤字が出るとの結果が出た。その後、整備区域を3分の1以下の294ヘクタールに縮小し、新たな低コスト手法を導入して試算をしたものの、累積赤字はなお33億円で、累積黒字化はできないことがわかった。

  この最終試算に対し、田川市議会調査特別委員会は今年2月末、市が中心部294ヘクタールで検討している下水道整備事業を認めるという審査結果を報告した。二場公人市長が、事業開始から41年間で累積赤字が33億円という厳しい数字をどう判断するのかを市民は注目している。

  公共下水道は、見えざる「巨大ハコモノ事業」と言われる。とりわけ初期投資が大きい。大規模な汚水処理場を建設し、そこへ汚水を運ぶための下水管を網の目のように埋め込んでいく。その整備に巨額の費用がかかるため、下水道事業で抱えた借金の返済に苦しむ自治体は少なくない。

  日本有数の金魚の産地である熊本県長洲町も06年度決算で下水道事業の累積赤字が約20億円を超え、一時は財政破綻も危ぶまれた。

進められる下水道整備の工事=2007年、新潟県長岡市拡大進められる下水道整備の工事=2007年、新潟県長岡市
  総務省によると、全国の下水道の経営にかかる経費を使用料収入で賄っている比率は48%(12年度)にとどまる。下水道事業は独立採算が基本とされているが、毎年、一般会計から多額の繰り入れをして赤字経営の穴埋めをしている実態がある。12年度決算で、繰り入れをしたにもかかわらず赤字計上となったのは21事業にのぼる。ワースト1は赤字額が80億3268万円という和歌山市だった。

  生活環境改善を錦の御旗に、大半の自治体が飛びついた下水道整備という「国策」に異を唱え、動き出していた下水道事業にストップをかけた自治体もある。長野県下條村だ。下水道整備とは別の、もう一つの汚水処理の手法である合併処理浄化槽を選んだ。四半世紀ほど前のことだ。

  世帯ごとにし尿や生活排水などの汚水をまとめて高度処理する合併処理浄化槽は、大規模な下水道に比べて簡単に設置できるのが最大の特徴だ.稼働するまでの時間もたいしてかからず、建設費も安い。

  下水道や合併処理浄化槽などを利用できる人口の割合を示す「汚水処理人口普及率」は96%に達し、下水道で約45億円と見積もった生活排水事業費は約9億円に収まった。汚水をすべて浄化槽で処理し、健全財政を築き上げた下條村は、こうして浮いた金などで子育て支援策を強化し、高い出生率を維持していることから「奇跡の村」と呼ばれている。

  福岡県浄化槽協会の情報管理・企画部長、梅﨑誠治さんは「地震などの災害に強いのが個別処理の浄化槽の特長で、国土強靱(きょうじん)化にもつながる」という。

  下水道は管でつながっていて、たとえ1カ所でも破損をすれば、そこへ流れる下水は処理できなくなってしまう。東日本大震災では下水道が壊滅的な被害を受けたのに対し、浄化槽で全損とされたものは3.8%だけだった。

  浄化槽は長い管路を持つ下水道より修理や交換が容易なため、大規模災害の発生直後でもトイレなどを利用できるようになる利点がある。東日本大震災では、宮城県仙台市が様々な情報を地図上に表示させられる地理情報システム(GIS)を活用した浄化槽台帳を利用し、台帳に津波浸水域のデータを重ねることで、被害を受けていない浄化槽を簡単に割り出すことができたという。

  東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県南三陸町の志津川地区では、約370世帯の大半の世帯が津波被災で移転したのを機に公共下水道事業を大半で廃止。代わりに合併処理浄化槽による早期復旧を進めている。

  浄化槽は微生物の働きで有機物を分解・浄化し、塩素剤で滅菌消毒する。下水道に比べて遜色のない処理能力を持つ合併処理浄化槽だが、その強みを生かすには水質管理体制の整備が欠かせない。保守点検と清掃で、微生物の生活環境を整えておく必要がある。そのために、浄化槽台帳の整備が必要なのだが、浄化槽台帳による維持管理システムを構築するには数千万円ともいわれる初期費用が必要とされ、その点が自治体にとって悩みの種になっている。

  そんな課題を克服しようというのが一般財団法人全国浄化槽団体連合会(全浄連)が推進する「スマート浄化槽」だ。これは ・・・ログインして読む
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筆者

大矢雅弘

大矢雅弘(おおや・まさひろ) 朝日新聞天草支局長

1953年生まれ。長崎、那覇両支局、社会部員、那覇支局長、編集委員。その後、論説委員として沖縄問題や水俣病問題、川辺川ダム、原爆などを担当。2016年5月から現職。著書に『地球環境最前線』(共著)、『復帰世20年』(共著、のちに朝日文庫の『沖縄報告』に収録)など。

 

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