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車いすテニスの多数の観客は4年後の成功を占うか

国内初開催の世界国別選手権最終日に3500人が有明コロシアムで観戦

増島みどり スポーツライター

全豪オープンの初戦でサーブを打つ国枝慎吾=2016年1月27日、メルボルン拡大全豪オープンの初戦でサーブを打つ国枝慎吾=2016年1月27日、メルボルン
 屋根をオープンにしたセンターコートには初夏の日差しが降り注ぎ、5月の心地良い風が吹き抜けていた。パラリンピックの、と限定して表現する必要はないだろう。日本のアスリートとして世界ランキング1位に君臨し続け、国際舞台で彼のように長く、絶大な称賛を受ける選手はいない。

  車いすテニスで、リオデジャネイロ五輪でのシングルス3連覇を狙う国枝慎吾(32=ユニクロ)が日本代表として、フランスとの決勝に臨んだ5月28日、コロシアムに3500人の観客(大会主催者発表)が詰めかけた。3度目の優勝を狙った日本は、シングルスの第1試合で、真田卓(30=フリー)が敗れ、肘の手術からカムバックを果たしたエース国枝も、現在世界ランク1位のウデにストレートで敗退。フランスに2年ぶり7度目の優勝を譲ったものの、勝ち負けだけではない変化、もしかすると変革に近いパワーを生み出すきっかけにもなる一日だったのかもしれない。

  トップクラスが揃う国別対抗戦が国内初開催で、テレビや新聞の露出も格段に多くなった。テニス界の「聖地」と呼ばれる有明で観戦できるなど「一度、試合を観戦に行きたい」「(男子ツアーでNo.1だった)フェデラーたちがリスペクトする国枝選を見たい」と、潜在的に思っていたファンが実際に足を運んだようだ。

  車いすテニスは、テニスとルールが同じで分かり易い。ルール上は2バウンドまで認められるが、国枝とウデの試合ではワンバウンドショットがほとんどを占め、そのストロークの迫力、フットワークにあたる計算された「チェアワーク」に圧倒されたのではないか。表彰式が終わると、日本選手にサインや写真撮影を求めるファンが何百人もコートサイドに長い列を作った。男女、年齢問わず、中には車いすを使う子どもたちの姿も。もし、2020年に東京オリンピック・パラリンピックの招致が決まらなければ、こんなシーンも見られなかっただろう。

20年のパラリンピックの在り方に、半世紀ぶりの五輪開催の意義が問われる

  試合後、国枝は「これほど多くの観客にテニスを見てもらえたのがうれしい」と話した。車いすテニス、ではなく、テニス、だ。
今回作られたプログラムはコンパクトなものだが、主催者側、作り手の思いが表れているように映る。

  出場者のプロフィールには、「交通事故で左足を失い」「骨肉腫で足を切断」など、避けてしまいそうな障がいを負った経緯が明確に書かれている。あるシーンを思い出した。

  過去もっとも観客を集め、同時にビジネス的にも成功した2012年ロンドンパラリンピックのプロモーションビデオである。中継を行った「チャネル4」が作成したもので、世界中で注目を浴びたこのビデオには、英国代表選手たちが「アスリート」として堂々登場する。その競技のレベルにも圧倒されるが、それと同様に印象に残ったのは、彼らがパラリンピアンになったプロセスをもビデオに織り込まれた点だった。

  戦地で地雷に巻き込まれて足を切断した軍人、病院で胎児のエコー検査を受け、先天性の障がいを知る母親、また自動車でセンターラインを越える大事故に遭い両足を失った男性が、破壊された車と並んでカメラを見つめる場面が描かれる。「手足を失ったのに諦めずに素晴らしい」といった感動のストーリーから一歩踏み込み、それは日常に、自分にいつでもある人生であり、それにどう立ち向かうかなのだ、と強いメッセージを送るように。

  「MEET THE SUPER HUMAN」(超人に会い行こう)

  これが、ロンドンが掲げたメッセージであり、パラリンピックの競技期間中全ての切符が売り切れた背景にある。

  2週間開いて始まるオリンピックからパラリンピックへの「衣替え」もユーモアが効いていた。ロンドン中の広告が「THANK YOU FOR THE WARM-UP」(ウォームアップをありがとう、前座をありがとう、の意味)とシフトした。

  オリンピックはウォームアップ、さぁここから本当のオリンピックだ、といったメッセージと、パラリンピアンがメインスタジアムの暗い通路で閉会式の花火の音を聞いている場面が流れる。こうした障がい者スポーツ、から、トップアスリートへ見る側の意識に大変革をもたらしたロンドンは、パラ競技の実施を「最大といってもいいレガシーのひとつ」(セバスチャン・コー組織委員会会長)と評価している。

車いすテニスのファンではなくスポーツファンで有明を満員に、という国枝の夢

 国別選手権女子では、日本を3位に導く大活躍をした上地結衣(22=エイベックス)も、引退を決めていたロンドンでそうした熱狂的な声援を受け、「もう一度この場所に帰って来たい」と決意した一人だ。

 高校3年で初めて出場したロンドンで

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筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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