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刑事司法改革関連法に方向性の異なる2つの内容

取り調べの「可視化」義務化の一方で、捜査権限を拡充・強化

大出良知 東京経済大学現代法学部教授、九州大学名誉教授

 5月24日、通常国会の最終盤になって「刑事訴訟法等の一部を改正する法律」(いわゆる刑事司法改革関連法)が成立した。主要国首脳会議や引き続くオバマ米大統領の広島訪問関連のニュースなどにかき消され、ほとんど話題にならなかったが、2011年6月に設置された法制審議会の「新時代の刑事司法制度特別部会」に始まり、5年間を費やして成立したこの法律は、人権に密接に関わる刑事立法のあり方に重大な問題を投げかける内容になっていた。

刑事司法改革録音・録画のためカメラとマイクが天井に設置された実際の取調室。奥が容疑者役、手前が取調官役(いずれも模擬)=東京都内の警視庁施設
 その内容は多岐にわたっているが、主要には、次の5点を挙げることができる。①取り調べの全過程の録画・録音制度の導入②証拠開示制度の拡充③被疑者国選弁護制度の拡充④盗聴(通信傍受)の合理化・効率化⑤合意制度等(司法取引)の導入、等である。

 これら5項目からも分かるように、今回の「改正」には、2つの明らかに方向性を異にする内容が含まれている。①から③までは、手続きの適正性を確保し、冤罪の防止に資するための内容である。これに対して④⑤は、人権侵害が危惧され、冤罪の発生につながりかねない捜査権限の拡充・強化である。ということで、今回の「改正」に至る経緯を知る者にとっては理解不能な結末になっていた。

「改正」の目的は「極端な取り調べ・供述調書の偏重」の改革だった

 というのも、そもそも今回の「改正」は、2009年に発覚したいわゆる郵政不正冤罪事件に端を発している。それゆえ、その目的は、検察官による証拠捏造問題にまで発展した、密室での相変わらずの本意でない虚偽自白に至る追及的で誘導的な取り調べによって作成された供述調書に依存した捜査・公判のあり方を改革することにこそあったと考えられたからである。

 「特別部会」の設置を提言した「検察の在り方検討会議」も、「極端な取り調べ・供述調書偏重」に「本質的・根源的な問題がある」としていたのである。

 ところが、「特別部会」を経て、ふたを開けてみれば、肝心の前記①の密室での取り調べの適正化を目指した身体拘束被疑者の取り調べ全過程録画は、裁判員裁判対象事件と検察官独自捜査事件というわずか3%の事件を対象としただけであり、幅広い例外も認めている。にもかかわらず、④⑤という捜査権限の拡充・強化が謀られた。④については、そもそも犯罪の発生を前提とするわけではなく、通信の秘密を侵し、思想・信条の自由を制約する危険性が高いとして、導入に強い反対があり、対象や方法が限定されていたものを、対象犯罪を大幅に拡大し、盗聴に当たっての通信事業者の立ち会いも不要にした。

新たに2種類の司法取引を導入

 また、新たに2種類の司法取引が導入されることになった。1つは、被疑者・被告人が、特定の犯罪事実について他人の犯罪事実を明らかにするための供述等をすることで、検察官が当該被疑者・被告人を不起訴や特定の求刑等を行うことに合意することを認める制度である。

 2つ目は、証人に刑事責任を問わないことを条件に、罪を認める証言を求める制度である。いずれも自らの利益を図るため他人を巻き込み、冤罪を発生させる危険性の高い制度である。現に、今回の「改正」の出発点になった郵政不正冤罪事件も担当係長が、

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