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1年前は泡沫候補だった

自らの名をつけたゴルフ場のクラブハウスで会見をするトランプ氏=真鍋弘樹撮影拡大自らの名をつけたゴルフ場のクラブハウスで会見をするトランプ氏=真鍋弘樹撮影

  悪夢が正夢となった。かなりの数の米国民は、そんな気分に違いない。実業家のドナルド・トランプ氏が共和党全国大会で正式に大統領候補に指名された。1年前はただのキワモノ、控えめに言っても泡沫(ほうまつ)候補だった。半年前、アイオワ州の党員集会とニューハンプシャー州の予備選で躍進した後も、人気は一時的でいつかは撤退するはずだ、と期待混じりで語られた。だが、その後も快進撃を続けたトランプ氏は7月21日、オハイオ州クリーブランドで高らかに宣言した。

 「謹んで、喜ばしく、アメリカ大統領候補の指名を受け入れます」

 この様子を見てため息をついた米国の有権者は大きく分けて、三つに分類されるだろう。

 まずは人権感覚に富んだリベラル層だ。

 トランプ氏の今までの放言、人種差別、性差別的な発言は米国の品位を汚し、海外の国々に対して恥ずかしい、そう語る人は知人にも多い。

 そして、もう一群は政治家、学者、メディアなどの外交政策のプロたちである。彼らはトランプ氏による「北大西洋条約機構(NATO)の集団的自衛権の否定」「日米安保の見直し」「反自由貿易政策」など、国際関係の常識を無視した暴論について、強い懸念を表明している。

 最も危機感を抱いているのは、当事者である共和党のいわゆるエスタブリッシュメント、主流派の人々かもしれない。トランプ氏の政策が、共和党の基本理念である「小さな政府」や「自由貿易」と明らかに食い違っていることを憂(うれ)い、党の分裂を心配している。

最後の抵抗と「反中央集権」という情念

共和党全国大会の会場近くでは、トランプ支持者と反対派が入り乱れてアピール合戦を繰り広げた=真鍋弘樹撮影拡大共和党全国大会の会場近くでは、トランプ支持者と反対派が入り乱れてアピール合戦を繰り広げた=真鍋弘樹撮影

 実際、党大会の会場では、最後まで納得のいかない代議員たちが抵抗を試みた。議案への賛否を発声だけで判断する「発声採決」をしようとした運営側に、反トランプ派が反旗を翻し、2472人の全代議員による自由投票を要求しようとした。また、最終盤までライバルとして争ったテッド・クルーズ上院議員は、演説でトランプ氏への支持を明言することを最後まで拒み、「良心に基づいて投票しよう」と呼びかけてトランプ支持派の強烈なブーイングを受けた。

 いまだに、これほどの批判と反発を受けながら、なぜトランプ氏は人気を保ち続けられたのか。

 その背景にあるのは、「反中央集権」という米国の情念であり、中流階級から滑り落ちそうになっている白人有権者の焦りと怒りであることを前稿までに語ってきた。今回は改めて、有権者を引き付けるトランプ氏のスタイルを検証した上で、彼の手法がもたらすものを改めて検証したい。

ロックスターのライブに来ているかのように

 これまで、いくつかのトランプ氏の集会に足を運び、実際に演説を聴いてみて、気づいたことを列挙してみる。

 メキシコ国境から中心部まで車で20分ほどの国境の街、米西海岸のサンディエゴ。市中心部のコンベンションセンターに近づくと、他の政治家の集会とは違う独特の雰囲気にのまれそうになる。参加者がみな、まるでロックスターのライブにでも来ているような表情を見せるのだ。話を聞いた参加者の中には、午前5時から待っていたという人もいた。

 この頃まで、トランプ陣営は海外メディアにほとんど取材許可を出しておらず、一般参加者の立場で会場に入った。開会の3時間ほど前、金属探知機による保安検査を通るために並んでいたとき、すぐ前にいた高齢の男女グループに声を掛けられた。「私たちの写真を撮って欲しいんだけど」

 「もちろん」とスマホを受け取って撮影し始めると、前後に並んでいた人たちにも声を掛けて大勢での記念撮影大会となった。まるで何かのフェスティバルである。最後には「君らも一緒に」と星条旗をもたされて写真に納まるはめに。「きみのようなアジア系市民も参加してくれてうれしいよ」とまで言われ、実は日本の新聞記者だとは切り出せなくなった。

 巨大な会議場が立ち見の観客で埋まっていく。これほどの「大箱」を1人でいっぱいにするアーティストはそういないだろう。トランプ氏が出てきたのは午後2時過ぎ。それまで何時間も立ちっぱなしで待たされた聴衆らの興奮は頂点に達していた。故意かどうかは分からないが、期待を膨らませるために時間稼ぎをしていたとしてもおかしくはない。

 演説後、参加した人々は、一様に興奮していた。以前は民主党員だったという40代の女性は「トランプ氏は他のポリティカル・コレクトな政治家たちとは違う。この国はすべてをリセットする必要がある。これまで120人以上を勧誘してトランプ氏に投票させるよう説得したわ」と話した。

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筆者

真鍋弘樹

真鍋弘樹(まなべ・ひろき) 朝日新聞編集委員

1965年生まれ。一橋大学社会学部卒。朝日新聞入社後は社会部、那覇支局、ニューヨーク特派員、論説委員などを経てニューヨーク支局長。過去に「ロストジェネレーション」、「愛国を歩く」などの連載企画を手がけたほか、オバマ大統領が当選した2008年の米大統領選を担当した。著書に「3・11から考える家族」(岩波書店)、「花を 若年性アルツハイマー病と生きる夫婦の記録」(朝日新聞)、共著に「孤族の国 ひとりがつながる時代へ」(同)、「ロストジェネレーション さまよう2000万人」(同)などがある。

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