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教員全体に「政治的中立性」を押しつける政権与党

問題多い自民党の「実態調査」、多様な意見をぶつけ合う政治教育が必要だ

渡辺輝人 弁護士

1 「調査ページ」の概要

 2016年7月10日の参院選投票日を目の前にした7月7日、自民党が自党のホームページで「学校教育における政治的中立性についての実態調査」(以下「調査ページ」とする)を行っていたことが広く発覚し、以後、インターネット上を中心に情報が拡散された。「調査」の概要は、広く市民に対して、学校教育にける「政治的中立を逸脱するような不適切な事例」を「具体的に(いつ、どこで、だれが、何を、どのように)」、同党ホームページの記入欄に記入するように呼びかけるものであった。呼びかけ文には当初、以下のように記載されていた。少々長いが引用する。

党文部科学部会では学校教育における政治的中立性の徹底的な確保等を求める提言を取りまとめ、不偏不党の教育を求めているところですが、教育現場の中には「教育の政治的中立はありえない」、あるいは「子供たちを戦場に送るな」と主張し中立性を逸脱した教育を行う先生方がいることも事実です。
学校現場における主権者教育が重要な意味を持つ中、偏向した教育が行われることで、生徒の多面的多角的な視点を失わせてしまう恐れがあり、高校等で行われる模擬投票等で意図的に政治色の強い偏向教育を行うことで、特定のイデオロギーに染まった結論が導き出されることをわが党は危惧しております。そこで、この度、学校教育における政治的中立性についての実態調査を実施することといたしました。皆さまのご協力をお願いいたします。

 7月8日には、ネット上で大きな話題となり、その多くは調査ページに批判的なものであったため、同党は、一時、調査ページを閉鎖した。間もなく再開させると、特に批判が集中した「『子供たちを戦場に送るな』と主張し」の部分を「『安保関連法は廃止にすべき』と主張し」と変更し、さらに変更後の文言も削除するなど、迷走とも思える変更を繰り返しながら、調査自体は選挙後まで続けた。

 その間、私事であるが、筆者が7月9日の夕方に調査ページの問題点を指摘する記事をインターネット上に掲載したところ、フェイスブックのシェア数は7000近くとなり、ツイッターでも激しい勢いで記事が拡散されたため、トレンドワードに筆者の個人名が上がってしまうほどであった。しかし、批判を受けながらも、同党が調査ページを閉鎖したのは7月19日になってからのことであった(2016.7.20朝日新聞デジタル 教育の「中立性」調査終了 自民側「事例出尽くした」)。

2 公務の中立性と公務員の政治活動の関係

討論会準備18歳選挙権をめぐる討論会の準備をする生徒ら=奈良市の市立一条高校
 調査ページの問題点を検討するためには、調査の対象となる「先生方」について、公務員が担っている面が大きいため、まず、公務員ないし教育公務員と政治活動の関係が問題となる。時間のない方はこの項のまとめの部分だけ読んで頂いて次項に進んで頂いて構わない。

(1) 憲法が定める公務員の政治的中立性

 憲法は「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。」(憲法15条2項)とされる。これは、「国民全体の利益のためにその職務を行わなければならず、国民の中の一部を占める特定の政党や階級・階層のために行動してはならないということ」を指す(『注釈日本国憲法 上巻』 青林書院新社 1984年)。公務員の職務遂行が政治的に中立であるべきことは、国民の大方が一致する点であろう。例えば、国政選挙の時期を慮り、公的年金積立金の運用状況に関する年次報告の時期をずらすとすれば、公務の中立性を害することにもなろう。

(2) 法律による職務外の政治活動の規制

 しかし、日本の場合、公務員は、職務外の政治活動についても、国家公務員法・人事院規則、地方公務員法で罰則付きで制限を受けている。教育公務員については地方公務員であっても「教育公務員特例法」(以下「教特法」)により国家公務員法の政治活動規制の規定が準用されたが、同法により罰則は除外され、公務員関係上の懲戒処分のみが想定されてきた。私立学校の教員については、このような規制はない。

 このような公務員の政治活動の一律規制については、憲法学説は以前から批判的であった。当然ながら、公務員といえども、政治活動の自由を含む人権を有しているのであり、公務員だというだけで、職務外の政治活動を一律に規制するのは根拠が薄弱なのである。現在、他の先進国でも、公務員の職務外の政治活動を一律に規制する例は寡聞にして聞かない(「米英仏における公務員の政治的行為の制限」 那須典子 立法と調査 2011.7 No.318参照)。

(3) 最高裁判決による大幅な緩和

 一方、日本の最高裁は、勤務時間外に公営掲示板に選挙ポスターを張り出す等した郵便局員(当時は国家公務員)の行為について、国公法による「政治的行為」の規制を合憲とした上で有罪とするなど(最判1974(昭和49)年11月6日 いわゆる「猿払事件」)、公務員の職務外の政治活動の自由に対して否定的な態度を取ってきた。

 しかし、これについても、2012(平成24)年12月7日に出された二件の最高裁判決が、国公法が規制する「政治的行為」を、政治活動の自由を定める憲法21条に適合するように限定的に解釈(合憲限定解釈)し、「公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが,観念的なものにとどまらず,現実的に起こり得るものとして実質的に認められるものを指」す、とし、非管理職の国家公務員が総選挙直前の休日に政党機関誌号外をポスティングした件を無罪とした。この場合、罰則の範囲と、職場規律上の懲戒処分の対象範囲が一致するため、懲戒処分の対象ともならない。

 非管理職の公務員が職務外でする常識的な政治活動は自由であることが最高裁判所によって確認されたと言えるだろう。しかし、この最高裁判所の判決を受けても、政府はまともな対応をせず、規制の根拠規定を削除したり憲法に適合するように縮小するようにしたわけではないことから、どこまでが適法な政治活動なのか、曖昧な点も残されている。

 なお、これとは別に、公務員にも団結権が保障されており、労働組合が組合員である公務員に対して行う選挙上の通知・指示は「組織内部行為」として許容される。

(4) 公職選挙法による地位利用の禁止

 また、公職選挙法137条により「教育者」は「学校の児童、生徒及び学生に対する教育上の地位を利用して選挙運動をすることができない」とされ、罰則も定められた。ここで「選挙運動」とは、典型的には特定の選挙での特定候補者への投票依頼や票の取りまとめ依頼などをいう。

 しかし、教育公務員が地位を利用した選挙運動などというのは、例えば、教員が自ら担任する教え子の父母に教え子の話を云々しながら投票依頼をするような極端な事例(大阪高判1987(昭和62)年4月16日等参照。この事案の起訴事実は1978年のことである。)に限られ、近年、この条文が刑事事件で適用されたケースは、筆者が使用する判例検索システムでは見当たらない。

(5) まとめ

 まとめると、公務員の政治活動には罰則付きの規制があるが、2012年の最高裁判決により、非管理職の公務員が職務外で行う常識的な政治活動は規制の対象外とされた。教育公務員についてもその規定が準用される。それすら、教育公務員にいては罰則はなく懲戒処分のみが予定され、私立学校の教員については政治活動の規制そのものがなく、教育者全体について、地位利用をした極端な選挙運動のみが問題とされるに過ぎないのである。

3 政権政党が現場に押しつける「中立」の問題点

(1) 正当な活動に対する脅し

 では、なぜ自民党は調査ページを開設したのだろうか。その意図を考える手がかりになるニュースが、選挙前にあった。自民党が教特法及び「義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法」を改正し、国公立のみならず私立学校の教員にまで、その政治活動自体を禁止して罰則を科す法改正を同年秋以降に行おうとしている、というものであった(2016.5.10産経ニュース「教職員の政治活動に罰則 自民、特例法改正案、秋の臨時国会にも提出」)。

 すでに述べたように最高裁判所が公務員に対する政治活動規制の法律を合憲限定解釈した後で、それに反する立法を国会が行っても、やはり違憲の疑いが強い。また、

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