世界文化遺産登録めざす「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の崎津集落
2016年09月12日
今年6月に天草の歴史上、画期的な出来事があった。約250年にわたりキリスト教徒が迫害された歴史について、僧侶として、宮司として、どう思っているのか。そんな疑問を神父が問いかける仏教、神道、キリスト教による「対話と平和の祈り」の集いが「天草の崎津集落」の一角にあるカトリック崎津教会であった。
ポルトガル人宣教師、ルイス・デ・アルメイダが天草の地にキリスト教を伝えて今年で450年になるのを記念し、天草の三つのカトリック教会が主催した催しだ。崎津教会の渡辺隆義神父が「真摯に歴史を振り返る中で新しい知恵を見いだせたら」と発案した。浄土宗・信福寺の池田集恵住職と鈴木神社の田口孝雄宮司が登壇した。
16世紀半ばにキリスト教が伝えられた天草では、多くの島民がキリシタンとなった。キリスト教だけでなく、同時に南蛮船が運ぶ文化も天草に広がり、全国でも屈指のキリシタン文化が花咲く土地になった。
その後、重税や飢饉(ききん)などに耐えかねた人々が蜂起した天草・島原の乱(1637~38年)が江戸幕府によって鎮圧され、天草は天領となった。天領となった天草の初代代官を務めたのが鈴木重成(1588~1653年)だ。重成公は天草を日本古来の神仏の島に戻すことを喫緊の課題とし、曹洞宗や浄土宗の寺院を各地に建立していく。こうして天草の立て直しに尽力したとして重成公ら鈴木一族ををまつっているのが鈴木神社である。
常識的には、敵対し合った宗教が一堂に会して交わることはない。その壁を乗り越えたのが6月の「対話と平和の祈り」だった。世界の代表的宗教指導者が一堂に会して祈りを捧げる集いの場は過去にもある。だが、いわゆる「現場」レベルで、キリスト教弾圧など、宗教を巡る対立の歴史があった「当事者」たちがお互いを認めて対話し、人々のために祈りを捧げるという機会はほとんど前例がないのではないか。
この集いでは、かなり突っ込んだ問いかけも相次いだ。渡辺神父は
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