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「最高裁の司法権力・日本的権力機構」の全体像

小説によって初めて明らかにできた「人の支配」による「権力補完機構」

瀬木比呂志 明治大法科大学院教授

判決前、裁判官が着席した最高裁大法廷=2008年、東京都千代田区隼町判決前、裁判官が着席した最高裁大法廷=2008年、東京都千代田区隼町
 私は、これまでに、『絶望の裁判所』、城山三郎賞受賞の『ニッポンの裁判』〔ともに講談社現代新書〕、あるいは法社会学的な専門書『民事訴訟の本質と諸相』等で、日本の裁判所の前近代的な官僚機構と、「裁判」を行うのではなく役人、官僚として事件を「処理」している裁判官たちのあり方、また、彼らによって下される判断のいびつさを、分析、批判してきた。

 しかし、これらの書物については、法社会学的、論理的、実証的なものであることからくる制約があって、日本の最高裁がもっている非常に特殊な司法権力の全体像、枠組みを描くことは難しかった。テーマが大きすぎ、それに関わる事実のすべてについて前記の書物で集めたような確実なサポート、証拠となる事実を集めることも、事実上不可能だったからである。

 しかし、私は、何らかの形で、日本の最高裁がもっている特殊な司法権力の全体像、より普遍的には、日本的権力機構の全体像を描いてみたいと考えた。そうしないと、日本の司法制度、裁判官制度全体の適切な把握もできないからだ。つまり、前記のような各論的な考察以外に、総論的なフレイムワークとしての書物が必要だと考えた。

 そこで、過去の創作体験を生かし、フィクションというこれまでとは全く別のスタイルで、この課題に挑むことにした。それが、長編小説『黒い巨塔 最高裁判所』〔講談社。2016年10月28日刊行予定〕である。

 これは、書物の冒頭にも「フィクションとしての約束事」を入れたとおり、創作であるのみならず、一種の「パラレルワールド小説」でもある。「この世界とは別の世界」における仮想の出来事を描くことによって、前記のテーマをリアルにあぶり出すということだ。

 物語の導入に当たる第1部では、政治との軋轢と部内の権力抗争の中でその姿を形作ってきた最高裁の歴史、そこに君臨する歴代最高の権力者にして超エリートである須田謙造最高裁長官の人間像を中心に、須田に強烈な羨望と憎悪を抱く刑事系の野心家火取(ひとり)恭一郎総務局課長、優秀でありながら優柔不断な性格ゆえに須田らの操り人形となる矢尾道芳民事・行政局長等、最高裁事務総局の様々な司法官僚たちの生態、また、「典型」としての司法エリートたちの人間像とエモーションを描いている。

 第2部、第3部では、政財界が注目する最重要案件である多数の原発訴訟をめぐって

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