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教科書採択過程を完全にオープンにせよ

教科書不正問題の解決策を考える

太田和敬 文教大学人間科学部教授

 昨年10月末、三省堂が検定中の中学教科書を校長に見せ、謝礼を払っていたことが明るみに出てから、複数の教科書会社が全国的に同様の営業活動を行っていたことが、報道や今年3月と9月の文部科学省の調査で明らかにされた。教科書協会は、役職や立場を問わず、教員に意見を 聴く際に対価を一切支払わないことを宣言し、文部科学省は、「金品提供によって採択が影響された例はない」としながらも、今後、賄賂などの明らかな違法ではなくても、不正な行為があった場合、検定申請そのものを認めず、教科書発行ができないような措置を取る方針を示した。

 しかし、これで今後問題が起きない保証はないし、たとえこのような不正がなくなっても、それで教育的に望ましい教科書が作成、採択されるようになる保証もない。これは繰り返し起きている事例であり、教科書協会は、「教科書宣伝行為基準」を2007年に制定しており、今回の宣言はそれを徹底させるものにすぎない。

不正が繰り返し起きる背景は何か

拡大記者会見で謝罪する大修館書店の関係者=東京都千代田区
 では、なぜこのような事態が繰り返し起きるのか。その背景として考えねばならないことは何か。

 私は前提として三つのことを確認したい。

 第一に、日本の教科書は紙質がよく、写真やイラストが豊富であり、外見的体裁は立派だが、内容は貧弱な印象が否めない点である。私の大学の教育研究所は各国の教科書を大量に収集し、学園祭で展示しているが、外国の教科書の多くはもっと知識量が多く、薄っぺらな印象がない。

 第二に、日本の教科書は、特に義務教育段階では、発行会社が違っても見分けがつかないほど似ていることである。教科書協会の協定の申し合わせがきっかけだとされるが、申し合わせが廃止された今でも変わらない。

求められる批判的に考える力

 第三に、世界で走り出している教育改革の方向性である。PISA(OECDによる国際的な学習到達度調査)をきっかけとして、先進国に限らず教育を重視している国は、一斉に改革に乗り出している。そこでは従来の知識記憶型の教育から、知識を使って、批判的に考え、問題解決的な判断ができること、それを的確に表現できることなどが重視されている。更に、グローバルな観点として、多様な価値が共存するなかで、コミュニケーションをとり、人との好ましい関係を結べる能力、そして、環境の持続可能性を重視した教育などが重きを置かれている。

 「教科書を覚え、試験で確かめる」学校教育で、将来求められるこうした資質や能力を育てることは可能だろうか。多様な価値観を理解したり、批判的に考えたりするためには、様々な教材を検討することが有効であるし、問題解決や協力も、正解を求める学習より、みずからデータ収集し、グループで検討する作業が必要だろう。そうした学習には、主要な教材として絶対視される教科書は足かせになる。

 中教審は、初めて21世紀に求められる能力を見据えた議論をしているが、肝心の教科書制度に踏み込んでいない。もし、まわりに若い人たちがいたら、ぜひ聞いてみるとよい。思い出に残るような、いい授業はどんなものだったか。ほとんどの人は、そういう授業があったとしたら、教科書から離れて、独自に先生が作成した教材を中心にやっていた授業だと言うだろう。しかし、それは悲しい話ではないだろうか。教科書を使っても、子どもが感動する授業ができる、そんな教科書であってほしいものだ。

内容が変わらない教科書が招く営業活動的な不正

 さて、なぜ営業活動的な不正が繰り返されるのかを考えてみよう。

 公立小中学校の教科書は、4年ごとに広域で採択される。教科書は一般図書として購入されることはほとんどなく、

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筆者

太田和敬

太田和敬(おおた・かずゆき) 文教大学人間科学部教授

東京大学大学院教育学研究科満期退学(教育学博士)。専門は教育制度・国際教育。著書に『統一学校運動の研究』(大空社)『オランダ 寛容の国の改革と模索』(子どもの未来社)。社会の統合と分化が、教育の統一化と多様化にどのように関係するかを、戦前から戦後にかけての欧米の学校改革を通して考察している。大学では将来教師になる学生に、子どもの要求に応えられるように、教師としての実力を身につけさせる教育実践に努力している。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです