注目集める熊本での試み、投資を早期に回収できる可能性
2017年01月16日
熊本県・天草地域の北部にある苓北町。山あいにある林業家、福田国弘さん宅の周辺のあちこちに、多数のセンダンが植えられていた。福田さんは昨年6月、センダンの育成技術の向上や普及をめざして、「栴檀(せんだん)の未来研究会」を設立。年の瀬の12月、研究会のメンバーを集め、指導者を養成するための初めての研修会を開いた。
センダンはセンダン科の落葉広葉樹で、九州や四国など温暖な地域に自生する。「栴檀は双葉より芳(かんば)し」ということわざでよく知られるセンダンとは別の種類だ。スギやヒノキは植えてから木材として利用するまで40~50年かかるが、センダンは15~20年で直径30~40センチの木材を得られる。材質は堅くてケヤキなどに似ており、内装材や家具材に向くという。
熊本県では1986年ごろ、熊本県知事だった細川護熙さんが「広葉樹の中から早く育つ木を」との号令を出し、県林業研究指導所で樹種選抜が始まった。98年ごろ、数種類に絞り込まれた候補樹種の中にはセンダンも含まれ、試験的にも植栽が始まった。福田さんの父親の富治さん(故人)もこのころに県林業研究指導所の勧めでセンダンの植栽を始めたという。
福田さんが自宅周辺の山林に試験的に植林しているセンダンのうち、研修会で一番最初に紹介した木は種から約3年間ほどで高さ6メートルくらいにまで通直(真っすぐ)に育っていた。一方で、幹が幾本にも枝分かれし、成長したとしても、木材として使える部分は地面から1メートルくらいしかないというセンダンもあった。
その違いはどこにあるのか。後者は幹をまっすぐに成長させるための手入れをしなかったセンダンだ。センダンは成長すると幹が大きく枝分かれすることが、これまで木材利用が難しいとされた大きな理由だった。
幹を真っすぐに成長させるため、県林業研究指導所はこれまで植栽密度を高密度にして植えたり、枝打ちをしたりして幹曲がりの矯正効果をみるといった取り組みをしてきた。だが、初期の幹曲がりの影響が残ったり、幹の色に変色が出るなどあまり効果がないことがわかった。
有効な手立てを模索するなかで、富治さんが試みたのが「芽かぎ」という手法だ。芽かぎは園芸用語で、トマトやキュウリなどの果菜類で茎から生える余分な芽を摘み取る作業だ。富治さんは「センダンに応用できるのではないか」と思いつき、実践すると、真っすぐに育ち、良好な樹形にすることに成功した。林業というまったく畑違いの分野に取り入れることを思いついた富治さんの発想のやわらかさに脱帽するほかない。
福田さんは研修会で、この芽かぎ作業には注意を要することも指摘した。春先(4~5月)の芽かぎは、頂芽が出芽したら、それ以外の脇芽をすべて取り除く。夏期(6~9月)も、葉の付け根にある脇芽を取り除く作業をするのだが、間違って葉柄を取り除かないことが大切だという。
秋から冬には葉柄と枝の見極めが簡単につくが、春先はそれがわからない。脇芽が出た時の対処を間違え、葉柄も落としてしまい、7~8月の成長最盛期に2メートルくらい伸びるところが、20センチくらいしか伸びず、成長が著しく低下してしまうのが最も多い失敗だという。
富治さんの一つの「発見」が早生樹活用の道を模索する全国各地のグループに伝わり、センダンの植樹の動きが西日本を中心に広がりを見せているといえる。
「林業という目でみると、センダンはイノベーション(技術革新)。画期的だと思う」と福田さんは言う。植林してから収穫までの時間が最低でも40~50年というサイクルが一般的だったのに、15~20年という従来の3分の1くらいの短い年月で収穫できる。広葉樹を林地に植栽することも、これまでの林業ではほとんどなかったことだろう。
センダンは短期伐採を目的とすることから「花木とか果樹とか、むしろそちらに近い」という福田さんは「栽培林業的な側面がある」と指摘。「園芸」からの連想だろうが、「樹芸」という言い方もする。
8月末にあった「栴檀の未来研究会」の総会の後、講演をした熊本県林業指導研究所の横尾謙一郎さんの話によると、センダンの植栽は耕作放棄地が最も適しているという。福田さんも耕作放棄地にセンダンの植栽が広がっていくことに大きな期待を寄せている。
林野庁もそのことを視野に入れていることは、昨年5月に閣議決定された、林業の中長期的な方針を示した「森林・林業基本計画」の改定案からも伺える。計画には、今後の森林整備の方向性として、再生利用が困難な荒廃農地の森林としての活用が明文化され、早生樹の実証的な植栽などに取り組むことが盛り込まれた。
今年度の森林・林業白書にもセンダンが登場し、「森林所有者が短伐期で収入を得ることができる可能性があり、造林樹種としての活用が注目されている」と紹介されている。
こうした流れを受け、熊本県森林整備課は8月、県内の市町村の農業委員会担当の職員を対象にした会合で、再生利用が困難な荒廃農地にセンダンなどを植栽して森林化を図る場合は、造林補助金が交付されるという制度の説明をした。
従来の農地法に基づく農地転用許可というやり方だけでなく、農業委員会に農地としては再生困難であるという「非農地通知」を発行してもらえば、農地を森林化する際の法的な問題を打開できるというものだ。計画的な植栽であれば、高率補助(70%以上)の対象になるといい、担当職員も「これから広がると思う」と期待する。
福田さんが育てたセンダンは、「家具の町」として知られる福岡県大川市に持ち込まれ、家具材としての利用も試みられている。センダンを使った高級家具のテレビ台を紹介しながら、福田さんは「センダンは一つの年輪の中にグラデーションのように模様がたくさん入り、15年とか20年とかの若い木であっても、板材にすると、とてもきれいな木目が出てくる」と話した。
樹齢100年以上のケヤキで作った場合は40万円ほどかかるものが、センダンなら18万円前後でできる。見た目はさほど変わらず、価格自体は半分以下になるという。
大川の家具業界を支援する立場で、センダン植林事業の広がりを見守ってきたパナソニックエコソリューションズ創研の上席コンサルタント、中ノ森哲朗さんは、スギやヒノキの人工林は伐期がきたことから本格的な利用期を迎えつつある現状に触れ、「林業家がスギやヒノキを伐採した後、何を植えるかで困っている」と話し、センダンなどの早生樹が林業家にとって「ものすごく魅力がある」という。
日本では高度経済成長期のころ、住宅の柱など建築用材の需要が拡大する中でスギやヒノキの人工林が広がった。中ノ森さんは「いまは西洋化が進み、和室がほとんど見られない。見せる柱など付加価値の高い使用が減っている」とも指摘。植樹から伐採まで50年間もかかると、社会状況が大きく変わっても変化に対応できない現実を如実に物語る。その点、早生樹は需要の変化にも対応しやすい。
スギやヒノキは住宅を建てるための柱などの建材という用途だったのに対し、センダンの主要な用途は内装や家具だ。木造住宅の建築件数は次第に減少してきているが、センダンの内装材や家具材としての需要はさほど減らないのではないか。
中ノ森さんによると、「広葉樹はほとんど欧米材が入ってきている。欧米材も中国が爆買いするので、日本に入ってくると高くなってしまう」と現状を説明する。早生樹とはいえ、安定供給の態勢づくりには今後、15年から20年はかかる。普及に向けても、病気に強い、育ちがいい種をいかに早く苗木にして林業家に大量に供給できるかといった課題を挙げる。
林業が自立できる仕組みづくりに向けた作業は緒に就いたばかりだ。だが、「国産早生広葉樹は、今後の林業から生態系、そしてものづくりを変える魅力を秘めた樹種と思う」という中ノ森さんの言葉は、次代を担う若手林業家にとっては大いに励ましになるだろう。林業を再生していくための有望な取り組みとして、今後も注目していきたい。
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