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浅田真央が五輪シーズンまで現役を続行する理由

膝の痛みが治まれば、平昌(ピョンチャン)は射程距離

田村明子 ノンフィクションライター、翻訳家

浅田真央.拡大今年27歳になる浅田真央。台頭する10代の選手たちとどう戦っていくだろうか

 2016年12月の全日本選手権で浅田真央が12位に終わったことは、多くのスケートファンにとってショッキングな結果だった。

 まだ小学生だった浅田が初めて2002年に特例として出場して以来、今回で14回目となった全日本選手権。12位は、彼女にとってこれまでで最も低い順位である。

 昨(2015-16)シーズン、競技に復帰したときには2018年の平昌(ピョンチャン)五輪を目的にすると宣言していた浅田。だが今シーズンの結果から判断すると、もう年齢的、体力的に厳しいのではないか、という声もある。

 実際のところ、どうなのだろうか。

左膝の痛みに阻まれた今シーズン

 今シーズン、浅田は苦戦してきた。

 初戦のフィンランディア杯で2位に終わり、佐藤信夫コーチは帰国後に「足を痛めているので、悪くならないように(練習を)抑えている。今はマイペースで進めるしかない」と告白した。昨シーズン後半から左膝に痛みを生じ、それが十分に回復していないため、練習の追い込みができていないのだという。

 痛みの原因や診断など詳細については、浅田側からの正式な発表はされていない。だが転倒などが原因の負傷ではなく、長年3アクセルなどの練習によって積み重なった過度の負担が原因ではないかと言われている。

「自信が失われた」とフランス杯でコメント

 GP(グランプリ)シリーズはスケートアメリカ6位、フランス杯では2005年にこのシリーズデビューをして以来、最下位となる9位だった。

 フランス杯のフリーでは、2回転ジャンプが続出。これまで見たことのない浅田の演技は、明らかに体に痛みを抱えていることを物語っていた。

 試合後は「自分の自信というものが、全て失われた」と語った。だが怪我について聞かれると、浅田は具体的なコメントは避けた。不調の原因は痛みのせいなのか、と問いかけても「それだけではないです」とだけ答え、それ以上説明をしなかった。

 「自分が望んで復帰した選手生活。もう、やるしかないと思うので。全日本(選手権)まで、最後の最後まで、自分に自信がつくまでやるだけです」と、「全日本まで」という言葉を何度か繰り返した。

来季も競技続行を表明した浅田

 浅田が「全日本まで」と強調したことは、印象に強く残った。それでは結果によっては全日本を最後に競技を引退する可能性もあるのだろうか、と思った報道関係者がいたのも無理はなかったと思う。

 だが全日本で12位に終わった後、来季について聞かれると「そうですね、はい」と現役を続ける意志を表明した。

 最終目的とする平昌五輪は、ちょうど今からおよそ1年後となった。彼女が3度目の五輪に到達することは、どのくらい現実的なのだろう。 ・・・ログインして読む
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筆者

田村明子

田村明子(たむら・あきこ) ノンフィクションライター、翻訳家

盛岡市生まれ。中学卒業後、単身でアメリカ留学。ニューヨークの美大を卒業後、出版社勤務などを経て、ニューヨークを拠点に執筆活動を始める。1993年からフィギュアスケートを取材し、98年の長野冬季五輪では運営委員を務める。著書に、『挑戦者たち――男子フィギュアスケート平昌五輪を超えて』、『パーフェクトプログラム――日本フィギュアスケート史上最大の挑戦』、『銀盤の軌跡――フィギュアスケート日本 ソチ五輪への道』(ともに新潮社)などスケート関係のほか、『聞き上手の英会話――英語がニガテでもうまくいく!』(KADOKAWA)、『ニューヨーカーに学ぶ軽く見られない英語』(朝日新書)など英会話の著書、訳書多数。

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