私たちは記憶にどのような想像力をもって近づけるか
2017年02月02日
私は、前に紹介した、戦争体験者のメッセージや証言記録を用いてワークショップを行うNPO法人ブリッジ・フォー・ピース(http://bridgeforpeace.jp 2015年7月6日筆者記事「戦争加害者と被害者をつなぐ活動」参照)で沖縄担当の山地和文さんと共に、沖縄を定期的に訪問して、戦争体験者の証言を聞き、映像記録のサポートをしている。
時間との闘いであることは、軍都・豊橋(愛知県)での調査実習においても、豊橋空襲を語る会の語り部が年を追って亡くなったり体調を崩されるのを目の当たりにして実感してきた。一人一人の体験は、その人の具体的な生と共にあって重要な意味を持つため、その記録は一つ一つかけがえのないものである。しかし、証言と記憶については、年齢の壁が立ちはだかる。
広島平和記念資料館では、すでに次のステップへと踏み出すために、証言者から被爆体験等の伝授を受けた、被爆体験伝承者の養成を2012年から始め、3年の研修を受けた伝承者が生まれ始めた。実際、私の聞いた体験においても、何度も繰り返しが確認されるようになった。
しかし、記憶や記録においては、再現の正確さだけが重要なのではなく、私たちに手渡され残された材料に対して、接する私たちがどのような想像力や方法を持ってそこに近づけるかということが重要だろう。痕跡を消された事実と、消された跡に、アウシュヴィッツの意味を想像することが指摘されてきたように、老齢による記憶の困難や混乱の中に、トラウマ体験を想像し得ることを指摘する精神科医がいる。
沖縄戦国家賠償訴訟原告の外傷性精神障害の診断と鑑定を行った蟻塚亮二(現在、福島県相馬市「メンタルクリニックなごみ」院長、および沖縄中部協同病院での精神科医診療担当)先生である。蟻塚先生は
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