杉浦由美子(すぎうら・ゆみこ) ノンフィクションライター
1970年生まれ。日本大学農獣医学部(現・生物資源科学部)卒業後、会社員や派遣社員などを経て、メタローグ社主催の「書評道場」に投稿していた文章が編集者の目にとまり、2005年から執筆活動を開始。『AERA』『婦人公論』『VOICE』『文藝春秋』などの総合誌でルポルタージュ記事を書き、『腐女子化する世界』『女子校力』『ママの世界はいつも戦争』など単著は現在12冊。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
原作は西村賢太を彷彿させる傑作の受験体験記
中卒の父親が娘を中学受験の最難関・桜蔭に合格させようとチャレンジした体験記『下剋上受験』(桜井信一著、産経新聞出版)がドラマ化された。ドラマ『マルモのおきて』(フジテレビ系、2011年春放映)で父性あふれる人物を好演した阿部サダヲが主演で、明るい親子コメディに仕上がっている。
しかし、原作はまったく違う雰囲気だ。中学受験に興味がない人にもこの原作は薦めたい。傑作なのだ。この数年で私が読んだ本の中でも断トツのおもしろさだった。
まず、表紙のイラストを見てもらいたい。原作の中に出てくる父親の知人大学生が描いた2人の姿だ。日焼けしたガテン系の父親と娘が向かい合っている。この娘がのんびりした顔つきで、どう見ても「桜蔭を目指す!」という雰囲気ではない。
彼女は小学5年生の6月に受けた模試の偏差値が41であった。これだと、通常、頑張っても偏差値50強の学校にしか入れない。しかし、この父親は、娘を自分と同じような人生を送らせたくないと決心。昼間はガテン系の仕事をし、夜は娘に勉強を教え、その後、朝まで娘のために予習をする。
父親は1968年生まれ。高校進学率が90%を超える世代であり、中卒は10%という少数派となる。彼は著作の中で何度も疎外感を語る。たとえば、桜蔭入試には面接があり、家庭調査票のような書類を事前に提出する。その書類に父親は追い詰められる。
”家族の氏名の右側にある備考欄はいかにも「学歴を書いてね、職業を書いてね」と言わんばかりのスペースだ。横幅は「東京大学○○学部卒業、○○省勤務」というパターンに合わせて長さを決めたのだろう。
願書提出時にその書類の存在を知った私は目の前が真っ暗になった。こんなのなんて書くんだ。これが原因で不合格になったりしたら佳織になんて説明するんだ。しかし、嘆いている場合じゃない。なんとかしなければならない。そこで私は、弁護士会の法律相談センターに駆け込んだ。
「すいません、ちょっと法律的なことが知りたいのですが、入学試験の提出書類に適当な大学名を書いて学歴を偽れば犯罪になりますか?(中略)」
真面目に相談する私に弁護士の先生は言う。
「お子さんが中学受験ですか。懐かしいなあ。学歴なんて偽らなくてもいいじゃないですか。堂々と書けば
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