杉浦由美子(すぎうら・ゆみこ) ノンフィクションライター
1970年生まれ。日本大学農獣医学部(現・生物資源科学部)卒業後、会社員や派遣社員などを経て、メタローグ社主催の「書評道場」に投稿していた文章が編集者の目にとまり、2005年から執筆活動を開始。『AERA』『婦人公論』『VOICE』『文藝春秋』などの総合誌でルポルタージュ記事を書き、『腐女子化する世界』『女子校力』『ママの世界はいつも戦争』など単著は現在12冊。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
“若い女は恋愛にしか興味がない”という呪縛はまだ続くのか
前回では、『東京タラレバ娘』(日本テレビ系)が好調である理由を考えた。3人の三十路女たちの恋愛ドラマでありながら、その恋愛がすべて“訳あり”で、彼女たちが「オリンピックまでに結婚したい」と焦っているという設定が、視聴者を共感させるポイントになっている。王道のラブストーリーにはない変化球がドラマを盛り上げている。
一方、フジテレビの月9が低迷しているのは、この変化球が投げられないからではないか。
月9の迷走ぶりはよく観察すると面白い
前クールの月9『カインとアベル』(視聴率が一度も2桁に届かなかった)も迷走を感じさせるドラマだった。公式サイトのトップページには“僕はアニキからすべてを奪ってしまうのかな”というコピーが踊る。ジャニーズの人気グループHey! Say! JUMPの山田涼介演じる弟と、演技派、桐谷健太の兄の愛憎劇を想像させる。ドラマチックな物語を期待させられ、私は楽しみにして見始めた。
ところがだ。ドラマの前半で、エリートの兄(桐谷健太)は自分の窮地を救ったのが、実は出来損ないの弟(山田涼介)だと知ると、彼は激高し、弟を殴りつけ、階段から突き落とすのだ。このシーンをみて、私のテンションは大きく落ち込んだ。こんな単純で性格の悪いエリート男など、新鮮さがないし、面白くないからだ。
しかし、これは月9である。恋愛至上主義ドラマだ。弟が兄の婚約者(倉科カナ)と惹かれ合うという、“恋愛要素”を盛り上げることを優先する場合、兄は徹底して悪いやつにした方が進行しやすい。恋愛をドラマチックにするには、愛し合う男女の間に障害が必要になる。それならば、兄は弟をいじめまくり、弟は反逆し、2人の愛憎の物語になるかと思って見ていたら、なぜか兄が改心してしまうのだ。桐谷健太が得意とする”ハートが熱い善人キャラ”になってしまう。
こうなると、いくら弟が兄に反逆しても、兄弟の愛憎劇は盛り上がらず、恋愛も面白くならない。最終回もなかなか謎の展開で、家族が再生され、弟も以前から自分に好意を寄せる若い女子とくっついてしまう。この拍子抜けの最終回は視聴率も1桁と振るわなかった。
出演者は人気者や実力派揃いなのに、どうして、なぜ、こんな風に残念なドラマになってしまったかというと、制作者側が変化球の投げ方に失敗したのではないか。
ジャニーズきっての美少年スター、山田涼介主演で“僕はアニキからすべてを奪ってしまうのかな”という大袈裟なまでにドラマチックな設定は、月9でないと打ち出せない。
しかし、具体的にドラマを作っていく過程で、制作者側もトレンドを意識せざる得ない。そうなると、「お兄さんひとりが悪者になるのは今時古くさいな」「家族円満のオチにした方がトレンドなのかな」と感じ、拍子抜けの方向に行ってしまったのかもしれない。
つまり、月9の特徴”旬のスターが恋愛ドラマを演じる”というスタンスと、トレンドに距離があり、それを埋めようと投げた変化球がデットボールになってしまったように見える。
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